映画『ルイの9番目の人生』と原作小説『ルイの九番目の命』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は
映画『ルイの9番目の人生』です。
【あらすじ】
ルイ・ドラックスは今までの人生で8回も命を落としかける事故に見舞われていた。そんな彼が崖から転落するという9度目の大事故にあい、病院に運ばれる。一度は死亡と判断されたルイであったが、突然息を吹き返し昏睡状態になってしまう。ルイの担当医であるパスカルは、彼の母親のナタリーに事情を聞き出そうとするが、彼女との間に不埒な関係が芽生えてしまい…
【原作】
原作はリズ・ジェンセンの小説『ルイの九番目の人生(原題:The Ninth Life of Louis Drax)』です。
リズ・ジェンセンはブラックユーモアの含まれたコメディやサスペンス作品を得意にしている作家で、手掛けた作品はガーディアン賞やオレンジ賞など権威ある賞に数々ノミネートされています。
本作はリズ・ジェンセンの母の身に起きた悲劇がモデルとなっています。母の弟(リズの叔父)が家族総出で出かけたピクニックの最中に行方不明となり、その捜索中にリズの祖母が崖から転落し命を落としてしまったのだそうです。この母の体験をベースに、リズが物語を膨らませ家族の物語として仕上げたのが本作です。
悲劇的な実話が元になっている作品ではありますが、物語の内容は決して重たいだけのものではなく、早熟な少年の発言にクスリとさせられたり、親子の絆の物語としてもとても感動的な作品になっています。
【スタッフ・キャスト】
本作のメガホンをとったのは『ミラーズ』や『ピラニア3D』を手掛けたアレクサンドル・アジャ監督です。
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アジャ監督と言えば、ゴア描写やスプラッター描写の多いホラー作品を多く手掛けてきた監督ですが、前作『ホーンズ 容疑者と告白の角』(原作『ホーンズ 角』)からファンタジーサスペンスという新境地を開拓し、その卓越した手腕を見せつけてくれました。本作もその系譜にある作品と言えるでしょう。
監督はヒッチコック作品を意識して本作を作ったそうで、ファムファタルとしてのブロンド美女や、高所から落ち行くカットなどヒッチコック作品(特に『めまい』)に対してのリスペクトも随所に見られました。
脚本を務めたのは、俳優としても活躍しているマックス・ミンゲラ。本作はもともと『イングリッシュ・ペイシェント』や『コールド・マウンテン』などを手掛けた映画監督である父・アンソニーミンゲラが映画化を熱望していた作品だったのですが、2008年に他界してしまったため、息子であるマックスがその遺志を継いでプロデューサー兼脚本家として実現させた映画になります。アンソニー・ミンゲラ版も見てみたかったですが、その息子が手掛けた作品ということもあって、子供の視点から見た親という要素が原作よりも深淵に描かれていた気がします。
主人公ルイを演じたのは、エイダン・ロングワース君。何か月にもわたるオーディションの末に発掘されたロングワース君は、原作のルイをそのまま現実に移し替えたとしか思えない佇まいで、とんでもない天才子役が見いだされたと思わせてくれる演技力でした。
そして、物語のカギを握るルイの母・ナタリーを演じたのがサラ・ガドン。デビッド・クローネンバーグ監督作に出ているイメージの強い女優さんですが、本作でもその魅力は全開です。どこか放っておけない薄幸の美女という、難しい役柄を見事に体現していて感服しました。
【私的評価】
88点/100点満点中
原作の世界観をとても大事にしながら映像化されており、とても好感が持てました。原作に頼り切るだけでなく、映画の独自性も取り込んでいて脚色部分も素晴らしかったです。
勘のいい人であればすぐに真犯人が分かってしまうでしょうが、それでも主人公・ルイの心情の読めなさが物語の推進力となっていて、監督と脚本家の手腕にうならされました。
ビジュアル面も大変素晴らしく、美しさと恐ろしさが同居した映像は見るものを惹き付けます。
以下ネタバレあり
続きを読む映画『悪と仮面のルール』と原作小説『悪と仮面のルール』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は
映画『悪と仮面のルール』です。
【あらすじ】
大財閥・久喜家に生まれた文宏は、11歳の時、父親から出生の秘密を知らされる。彼は久喜家に代々伝わる悪の心“邪”を世界に残すための存在として意図的に生み出されたというのである。父は文宏に養女として育てることとなった少女・香織を紹介し「お前は悪に飲み込まれなからばならない」と宣告し、14歳になった時に地獄を見せると告げられる。文宏と香織は共に生活をするうちに惹かれ合うようになるが、14歳が迫ってきたある日、文宏は父が香織を損なおうとしていることに気がつき、香織を守るために父を殺害してしまう。
そして時が経ち大人になった文宏は、整形によって新谷弘一という別人の顔を手に入れ、香織のことを影から守ろうとするのだが、文宏の元にはテログループのメンバーや実の兄の影が近づいていた…
【原作】
中村文則さんといえば、『土の中の子供』で芥川賞、『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞を受賞するなど、発表した作品の多くが賞に輝いている天才ベストセラー作家です。
本作は中村さんにとって9作目となる作品で、ウォール・ストリート・ジャーナルの「ベストミステリー10小説」にも選出された傑作小説です。
今年は中村文則作品の映画化イヤーで、本作を皮切りに『去年の冬、君と別れ』『銃』といった作品たちが公開を控えています。
【スタッフ・キャスト】
本作の監督を務めたのはUVERworldのドキュメンタリー映画『THE SONG』や伊原剛志主演の短編映画『A LITTLE STEP』などを手掛けた中村哲平監督です。
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中村監督は、元々CMディレクターやミュージックビデオのディレクターとして活躍していた方で、長編の劇映画は本作が初となります。新進気鋭ながら、CM制作などで磨いた画作りには意識の高さが感じられ、これからの活躍が期待される監督です。
脚本を務めたのは『LIAR GAME-再生-』や『ONE PIECE FILM GOLD』などを手掛けた黒岩勉さん。フジテレビ系のドラマや映画の脚本を数多く手掛けている売れっ子クスリプターですが、正直言って本作はあまり脚本を凝ったようには見えませんでした。
主人公・文宏を演じたのは玉木宏さん。玉木さんはかなり原作を読みこんだとのことで、自分なりの文宏像をしっかり作りこんだそうです。整形直後の文宏を演じたシーンでは、撮影直前に顔に鍼を50本も打ってわざと顔を歪ませたうえで撮影に臨んだという役者魂を見せています。
【私的評価】
62点/100点満点中
悪として育てられた男が、罪を背負いながらも愛する人を守るために、必死にもがき苦しみながらも生きようとする物語。
監督が原作への忠実さをとても意識しているようで、ストーリー、セリフ、舞台設定等ほとんどが原作通りに映像化されています。
しかし文学的世界でこそ活きる物語を、ほとんどアダプテーションをしないままそのまま映画に置き換えてしまったので、キャラクターの実在感が乏しく説得力に欠ける形になっていました。
文学的文法と映画的文法は違うのだと感じさせてくれる良い例だと思います。
以下ネタバレあり
続きを読む当ブログ的2017年公開作品ベスト10
こんにちは、当ブログ管理人の雁丸です。
2018年に入って半年が過ぎようとしているのですが、今更ながら当ブログで扱った映画のベスト10を発表しようと思います。
こういうのって年末にやるべきなんでしょうがとりあえず見ていってください。
今回選定した10作品は全て当ブログで扱った作品のみに限らせてもらいました。
それでは第10位から…
10位
『ダブルミンツ』
映画『ダブルミンツ』と原作漫画『ダブルミンツ』(ネタバレあり)
中村明日美子先生の同名ボーイズラブ漫画を原作にした本作。原作に忠実でありながら、内田監督の引き算の演出によって映画的行間の多い作品に仕上がっていました。主演2人の演技も素晴らしく、特に田中俊介さんという逸材を知れたのも良かったです。
この作品(と明日美子先生の過去作として読んだ『同級生』)が、自分にとって初めて読んだBL漫画だったのですが、こんなに面白いものなのか!と新しい扉を開くきっかけになった映画でもあります。(性的思考としての新しい扉ではないです・・・)
9位
『怪物はささやく』
映画『怪物はささやく』と原作小説『怪物はささやく』(ネタバレあり)
カーネギー賞を受賞したシヴォーン・ダウド原案の同名児童小説を J.A.バヨナ監督が映像化した本作。バヨナ監督が得意とする母性愛の物語が原作のテーマ性とぴったりと合致しており、美しくも悲しい親子の物語になっていました。
物語(もとい現実)の不条理さを主人公の少年に突きつける残酷な物語でありながら、それを受け入れる彼の成長に涙が溢れました。
バヨナ監督の次回作は『ジュラシック・ワールド 炎の王国』ですが、そこでも主人公とラプトルの親子関係の物語が描かれそうなので期待しています。
8位
映画『夜は短し歩けよ乙女』と原作小説『夜は短し歩けよ乙女』(ネタバレあり)
森見登美彦と湯浅政明監督が『四畳半神話大系』以来の再タッグを組んだ本作。
ある種ドラッギーなほど見ていて気持ちのいいアニメーションで、こじらせ男子の恋愛模様を愉快に描いていました。原作では春夏秋冬の4部構成だった内容を一夜の出来事として描くという力業で、ジェットコースタームービーのような印象を受けました。
「人と人との縁」という要素を原作よりも膨らませていて、青春賛歌であり人生参加でもある素晴らしい出来栄えでした。
7位
『愚行録』
当ブログで扱った記念すべき1本目の作品でもある『愚行録』。
叙述トリックの効いた難しい原作を見事に映像に落とし込んだ素晴らしいアダプテーションがなされていました。
ひたすら最悪な人間ばかりが出てくるのですが、生きていくためのしたたかさや、自分のポジションを守るためのマウンティングなど、どこか他人事とは思えない人間性の悪さは強く胸に突き刺さります。愚かしい人々が織り成す物語の中で、わずかながら描かれる善性にも心を打たれました。
6位
映画『彼女がその名を知らない鳥たち』と原作小説『彼女がその名を知らない鳥たち』(ネタバレありの感想)
凶悪』の白石和彌監督が手掛けた、イヤミスの女王・沼田まほかるの同名小説の映画化作品。
原作に忠実でありながら、映画的ギミックを活かした見せ方が存分に加えられており、登場人物たちの心情をより克明に描き出していました。原作では冒頭で描かれていた主人公カップルの出会いのシーンを映画ラストに持ってくることで、献身的な愛の物語としての純度も高まっていました。
来年公開される白石監督の『狐狼の血』にも期待値が高まります。
5位
映画『パーティで女の子に話しかけるには』と原作小説『パーティで女の子に話しかけるには』(ネタバレありの感想)
ニール・ゲイマンのほんの数十ページしかない短編小説をジョン・キャメロン・ミッチェル監督が映画オリジナルの解釈で膨らませ、映像を眺めているだけでも楽しい独創性の高い作品に仕上がっていました。
パンクの精神が周囲に感染していく様は爽快で、エルファニングな殺人的な可愛らしさもたまらないです。
ただのボーイミーツガールのセカイ系映画ではなく、少年少女が不条理な社会のルールに立ち向かうというシビアなストーリーで、パンクだけが生きがいの少年が遥か遠い異星の秩序を変える何ともロマンに満ちた物語でした。
4位
『エル ELLE』
映画『エル ELLE』と原作小説『Oh...』(ネタバレあり)
感情移入や共感性などといった要素を取り払った予想を裏切る展開の連続にしびれました。「こんなひどい暴行を受けた女性は普通はこういう行動をとるだろう」という、無意識に女性を枠にはめて考えている観客の差別意識を逆手に取り、女性の多様な生き方を肯定する女性賛歌的作品でもありました。
ちょっと話は変わりますが、先日のセクハラ問題に対してのカトリーヌ・ドヌーヴの発言も『エル ELLE』っぽいなぁ、と思ったりしました。
3位
『勝手にふるえてろ』
映画『勝手にふるえてろ』と原作小説『勝手にふるえてろ』(ネタバレありの感想)
昨年末に公開されて、ほぼ決まりかけていた自分のトップ10の3位にまで食い込んできた『勝手にふるえてろ』。
「お前は俺か」とツッコミたくなるほど、主人公ヨシカと同僚の二の振る舞いが過去の自分を見ているかのよう(今現在もそうかもしれない…)で、鑑賞中は心の中を搔き毟られたような感覚になりました。こんなにも幸せになってほしいヒロインは久しぶりです。
映画オリジナルで加えられているシークエンスも胸に突き刺さるもので、大九監督の手腕にも感嘆しました。
2位
『花筐 HANAGATAMI』
映画『花筐/HANAGATAMI』と原作小説『花筐』(ネタバレありの感想)
御年80歳の大林宣彦監督が檀一雄の短編小説をもとに作り上げた3時間弱の超大作。戦争の悲惨さを訴えるメッセージ性を原作から拡張させ、自由に焦がれる若者たちの儚さが増幅していました。
余命3か月と宣告された中で作り上げたこの映画は“生”への渇望に満ちあふれており、きな臭くなってきた現代の社会情勢の中でこそ作られるべき作品となっています。
ご当地映画としても素晴らしい出来栄えで、唐津のくんち祭りを“権力への反骨精神”の象徴として映し出したのも秀逸でした。
1位
『メッセージ』
映画『メッセージ』と原作小説『あなたの人生の物語』(ネタバレあり)
テッド・チャンの短編SF小説を、今ノリにノッているドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した本作。複雑難解な原作小説を見事に整理して映像化し、映画的なタイムリミットサスペンスの要素まで盛り込んだ、素晴らしい脚色力を見せつけてくれました。
円環構造を核とした物語の構成も素晴らしく、考察してもしきれないぐらい様々な仕掛けが散りばめられています。
SF映画としては言わずもがなな大傑作ですが、母と子の物語としても完璧な一作だと思います。残酷な運命をも受け入れる母の愛には涙を禁じえませんでした。
ストーリー・映像・音楽どれをとっても超一級の作品でしょう。
以上のような結果となりました。
毎回レビューのたびに100点満点で個人的な評価をつけていますが、今回のランキングは付けた点数に応じて順位付けしているわけではないです。点数の低い作品が、高い作品よりも上位に来ていたりもしますが、気にしないでください。まぁ映画の評価って時価みたいなものじゃないですか(開き直り)
こうやって自分の過去のレビューを振り返ってみると、悪し様に貶している作品はほとんどないような気がします。おそらく、質の良い原作が映像化されているということと、原作をあらかじめ読むと映画の製作者のやりたいことの意図が見えてくるからだと思います。
あまり辛口のコメントが得意ではない当ブログですが、ぬるめのレビューが好きな人はこれからも是非お付き合いください。
これまでのレビューは、誰に気を使っているのか、堅苦しい文章になって面白みに欠けていたので、これからはもう少し砕けた感じでレビューを書いていこうと思います。
今年もよろしくお願いします(今更)。
映画『勝手にふるえてろ』と原作小説『勝手にふるえてろ』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は
映画『勝手にふるえてろ』です。
【あらすじ】
24歳のOLヨシカは、中学時代から想いを寄せている“イチ”に今もなお片思いを続けている。叶わぬ恋だと薄々感じながらもイチへの気持ちに折り合いをつけられずにいるヨシカだが、そんな彼女同じ職場で働く“ニ”がアプローチをかけてき、ついにヨシカは人生初となる告白を受ける。イチへの思いを断ち切れていないヨシカはニへの返事を先延ばすが、ある人自宅でボヤ騒ぎを起こしたことで人間いつ死ぬかわからないことに気が付き、イチと再会するために画策して行くのだった…
【原作】
本作は2010年に文藝春秋の『文學界』に掲載された作品で、その年の第27回織田作之助賞で候補作となった作品です。
綿矢さんといえば、『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞したことで有名な人気作家ですが、意外にも映画化された作品は少なく、本作がデビュー作『インストール』に次いでニ作目の映画化作品となります。(『蹴りたい背中』のドラマ版などはありますが)
小説『勝手にふるえてろ』は、その前作『夢を与える』から3年の時を経て発刊された作品です。その3年の間に綿矢さんは大失恋を経験していたそうで、一時は筆を折る寸前までいっていたとのことです。本作にはその時期の綿矢さんの実らない恋愛に対しての怒りが込められた作品になっています。
【スタッフ・キャスト】
本作のメガホンを取ったのは『恋するマドリ』や『でーれーガールズ』を手掛けた大九明子監督です。
大九監督は、現代女性の心理を的確に捉えた映画を得意としており、本作もその一つと言えます。
監督は芸能プロダクション人力舎の芸人養成学校・スクールJCAの一期生という経歴を持っており、磨き上げられた笑いのセンスで、本作でもキレッキレのコメディ演出が炸裂していました。
主演を務めたのは松岡茉優さん。見る前はこんなに可愛い人が非モテ人間なんか演じられるのか?と思ったのですが、実際に見てみると松岡さんの所作は完全に非モテ人間のそれで、性別は違いますが自分を見ているようでした。
ヒロインが想いを寄せる男の子イチを演じたのは『君の膵臓をたべたい』の北村匠海さん。感情をほとんど露わにしたい演技で、ミステリアスさを醸し出していて、こりゃモテるわと思える説得力が凄かったです。
そして、ヨシカにアプローチを仕掛ける男・ニを演じたのは『色即ぜねれーしょん』の渡辺大知さん。不器用すぎて、振る舞いが若干気持ち悪くなっちゃってる様は、こちらも自分を見ているようで悶えてしまいました。
【私的評価】
95点/100点満点中
対人関係が上手く築けないヨシカの様子は、コミュニケーション能力の低い自分には他人事とは思えず、彼女の不器用な振る舞いすべてがグサグサと突き刺さってきました。
原作よりもヒロインの孤独を強調した脚本は、ヨシカの切なさを喚起し、無様でみじめながらもそれでも生きていく彼女の姿勢に心を打たれました。
個性的なキャラクターが多い作品ですが、特に“二”の空気の読めなさは、自分にも心当たりがある部分があるので、面白くもあり、精神的ダメージが大きくもありました。
以下ネタバレあり
続きを読む映画『花筐/HANAGATAMI』と原作小説『花筐』(ネタバレありの感想)
今回レビューする作品は
映画『花筐/HANAGATAMI』です。
【あらすじ】
アムステルダムに暮らす両親と離れて暮らす榊山は、佐賀県唐津市に暮らす叔母・圭子の元に身を寄せていた。唐津浜大学予科への入学を果たした榊山は、清廉な美少年・鵜飼と、冷静で朴訥な青年・吉良と出会い交友を深めていく。榊山は圭子の元で暮らす従妹の美那子に思いを寄せており、美那の友達であるあきねと千歳とも知り合いになる。やがて、彼らの周りでは戦争の足音が近づき、彼らの青春をも巻き込んでいくのであった…
【原作】
原作は檀一雄の短編小説『花筐』です。
小説『花筐』はもともと長編小説として執筆される予定だったのですが、『夕張胡亭塾景観』が芥川賞の候補作になったことから次作の執筆を出版社から急かされ、短編として仕上げた作品だそうです。檀にとっては不本意だったかもしれませんが、塞翁が馬と言いましょうか短編小説になったことで物語に想像の余地が沢山ある行間の多い作品に仕上がっています。
本作は三島由紀夫も愛読した小説だそうで、映画の中でもそのことに触れられています。大林監督は作中に登場する青年・吉良に三島由紀夫の面影を想起するそうで、映画を観ると確かに吉良の刹那的な生き方が三島のように見えます。
【スタッフ・キャスト】
本作のメガホンを取ったのは巨匠・大林宣彦監督です。
大林監督のフィルモグラフィ的にはこの作品は『この空の花-長岡花火物語』と『野のなななのか』に次ぐ戦争三部作の一作という位置づけになります。小説『花筐』の映画化は監督の終生の夢だったそうで、商業映画デビュー作『ハウス/HOUSE』を作る以前から温めていた幻の脚本を40年の時を経て再び起したとのことです。
大林監督は本作の撮影中に、医者からステージ4の末期の肺がんであることを知らされ、余命3か月と宣告されながらもこの映画を作り上げました。監督が自身の近くに横たわる死を感じながら作った本作は生への渇望に満ちており、自らの不幸をも芸術へと昇華する映画人としての矜持を見ました。
本作の役者陣には極めて突飛なキャスティングや演技の付け方がなされており、初めは驚きが強いのですが、次第にこの人でなければこの役は難しかったのではないかと思わされていきます。
主人公・榊山を演じたのは窪塚俊介さん。原作の榊山よりも、人としての未熟さを感じさせるキャラクター造形にしており、幼児性を強めた演技は、榊山の何者でもなさを分かりやすく表していました。
朴訥な青年・吉良を演じたのは長塚圭史さん。現在42歳の長塚さんが、年にして17,8才の吉良を演じるというかなり大胆なキャスティングですが、人間模様を俯瞰で眺め、常に冷静な吉良を体現できるのは、若い役者よりも長塚さんのような落ち着きのある成人だなと思わせてくれる演技力でした。
美青年・鵜飼を演じたのは満島真之介さん。満島さんは他の役者陣と比べると違和感のないキャスティングで、肉体的にも精神的にも鵜飼を体現していました。
【私的評価】
96点/100点満点中
檀一雄の短編小説が元になっている作品ですが、戦時下という時代背景を原作よりも前面に押し出すことで、メッセージ性がかなり強まっています。
原作の重要なポイントである若者たちの”自由”と"生"への渇望をしっかりと捉えながら、その裏にある戦争の影を映し出すことで、彼らの生がより刹那的で切ないものになっていました。
大林監督が、巨匠・黒澤明から言われたという「映画も果実と同じでそれが実るべき旬がある」という言葉のとおり、国際情勢に暗雲が立ち込める今こそ作られるべき映画でした。
以下ネタバレあり
続きを読む映画『オリエント急行殺人事件』と原作小説『オリエント急行の殺人』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は
映画『オリエント急行殺人事件』です。
【あらすじ】
世界的名探偵エルキュール・ポアロは、エルサレムの教会での盗難事件を解決し、イスタンブールで久々の休暇を取ろうと考えていた。しかし、彼の元に新たな事件の解決を求める電報が届き、オリエント急行で引き返すことを余儀なくされる。オリエント急行には多国籍の客たちが乗車しており、その中の一人・ラチェットからポアロは自分の警護をして欲しいと依頼を受ける。ポアロは彼の依頼を断るが、その夜ラチェットは何者かによって殺されてしまった。ポアロは容疑者と思われる乗客12人に証言を聞き、捜査を進めていくが…
【原作】
原作はアガサ・クリスティーの言わずと知れた傑作ミステリー小説『オリエント急行の殺人』です。
本作はアガサ・クリスティーにとって長編第14作目の小説で、ポアロシリーズとしては8作目の作品になります。
幾度となく映像化された作品ですが、一番有名なのは1974年のシドニールメット版でしょう。
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シドニー・ルメット版は少々の改変はあるものの原作に比較的忠実に作られているので、原作の内容が知りたいけど本を読むのが億劫という人にはこの作品を見るのがおススメです。
ミステリーにおいて反則的ともいわれた結末は世界中で話題を呼び(小説家で脚本家のレイモンド・チャンドラーは本作の結末に大バッシングを浴びせたそう)、クリスティーの代表作の一つとなっています。
作中で語られるアームストロング家の誘拐事件は、1932年にアメリカを騒がせたリンドバーグ愛児誘拐事件が元になっており、クリスティーが作中で犯人に鉄槌を食らわせたのだといわれています。
【スタッフ・キャスト】
本作で監督・主演を務めたのが『ヘンリー五世』や『シンデレラ』を手がけたケネス・ブラナーです。
ケネス・ブラナーといえば、シェイクスピア俳優として有名な人で、シェイクスピア作品の映画化(『ヘンリー五世』『ハムレット』『恋の骨折り損』)も数多く監督しています。そのほかにも『フランケンシュタイン』や『エージェント・ライアン』『スルース』など古典的名作のリブートに多く関わっており、本作もそういった古典的名作の現代リブートの一作と言えます。
オリエント急行の乗客を演じるのはジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ジュディ・デンチ、ウィレム・デフォー、ペネロペ・クルスなど錚々たる名俳優たち。名優たちの熟練した演技が映画に深みを与えていました。
脚本を担当したのは、『LOGAN/ローガン』や『ブレードランナー2049』でも脚本を務めたマイケル・グリーン。彼が脚本に入ったことによって、本作のヒューマンドラマとしての側面がぐっと前景化していました。
【私的評価】
78点/100点満点中
多くの人がストーリーを知っている古典的名作を、結末を知ったうえでも楽しめるよう、いたるところに工夫が施されていました。
原作と比べると、ポアロがやや人情味のある情熱派のキャラクターになっています。
原作の嫌らしく淡々と犯人に詰め寄り真実を引き出すポアロと比べると、今作のポアロは熱量で押しているように見えて少し不満もあったのですが、ポアロの人間味が映画のテーマに深く関わり合い、ヒューマンドラマとしての深淵さが増している部分もありました。
以下ネタバレあり
続きを読む映画『パーティで女の子に話しかけるには』と原作小説『パーティで女の子に話しかけるには』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は
映画『パーティで女の子に話しかけるには』です。
【あらすじ】
1977年、毎日大好きなパンクロックに明け暮れるエンは、親友のヴィクとジョンと共にライブハウスに潜り込み、声をかけた女の子に嘲笑されながらも、音楽に乗せて気ままにはしゃいでいた。ライブの打ち上げにも行こうと目論む3人だったが、会場を見つけることが出来ず、たまたま音楽が聴こえてきた家へと上り込む。そこは風変わりな人々が、風変わりなダンスや話をするパーティ会場だった。エンはそこでザンという、不思議な女の子に出会う。エンは彼女と話すうちに彼らがこの世界の人間ではないことに気づいて行き…
【原作】
原作はニール・ゲイマン作の短編小説『パーティで女の子に話しかけるには』です。
- 作者: ニール・ゲイマン,金原瑞人,野沢佳織
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本作はニール・ゲイマンの短編集『壊れやすいもの』に収録されている作品で、全部で20ページほどしかない本当に短い物語です。
ニール・ゲイマンはイギリスのSF・ファンタジー作家で、DCコミック『サンドマン』の原作者でもあります。(映画の中にもサンドマンのステッカーがちょこっと映っています)ゲイマンといえば『コララインとボタンの魔女』や『スターダスト』『アメリカン・ゴッズ』など発表した作品の多くが映像化されているので、彼の名は知らなくとも彼の手掛けた作品に触れたことのある人も多いのではないでしょうか。
本作は作者にとって半自伝的な作品であるそうで、今回の映画版には主人公のエンがゲイマンそっくりのビジュアルで登場する場面があります。
【スタッフ・キャスト】
本作のメガホンを取ったのは『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や『ラビットホール』などを手掛けたジョン・キャメロン・ミッチェル監督です。
ジョン・キャメロン・ミッチェル監督は、演劇界出身の方でトニー賞を受賞した経験もある方だそうです。俳優出身ということもあって、役者への演技のつけ方が本当に上手いです。
本作は監督の過去作『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』と同じロック映画で、今作でも『ヘドウィグ〜』同様、閉塞的なルールや社会意識への反骨心が重要なファクターとなっています。
主人公のエンを演じたのは新鋭アレックス・シャープ。この方も、監督と同様に舞台を中心に活躍されていた方だそうで、こちらもトニー賞を受賞した経験があるそうです。主人公の童貞ボンクラ男子を見事に演じていて、冒頭の女の子への話しかけ方の下手くそさは自分を見ているようでした。
ヒロインのザンを演じたのはエル・ファニング。彼女のからキャスティングは、プロジェクトの始動段階から決まっていたそうで、実際に見てみると確かに彼女以外考えられないキャラクターでした。殺人的なキュートさで異文化に触れる異星人を演じていて、こちらまでドキドキさせられました。
【私的評価】
92点/100点満点中
短い短編を映画独自の解釈で膨らませ、原作の意図を汲み取った上でのオリジナル展開が繰り広げられていました。
原作よりも“パンク” の持つ意味合いが増しており、よく出来た原作アレンジになっていました。パンクの精神が周囲に感染していく様は痛快であり、ラストシーンにはホロリとさせられます。
かなり難解な内容ですが、全編を通しての珍奇なビジュアルを眺めるだけでも十分に楽しめると思います。
以下ネタバレあり
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