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雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『夜は短し歩けよ乙女』と原作小説『夜は短し歩けよ乙女』(ネタバレあり)

今回紹介する作品は

夜は短し歩けよ乙女です。

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【あらすじ】

「黒髪の乙女」に思いを寄せる「先輩」は、彼女の気を引くためにナカメ作戦(なるべく彼女の目にとまる作戦)を実行し、夜の先斗町下鴨神社の古本市、大学の学園祭などに出没する乙女の姿を追い求めていた。自由気ままに夜の京都を闊歩する黒髪の乙女に振り回される先輩の恋の行方は…?

 

【原作】

原作は森見登美彦さんの同名小説『夜は短し歩けよ乙女』です。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
 

 先輩と黒髪の乙女をめぐる四つのエピソードが描かれており、映画版でも同様の4つのエピソードが盛り込まれています。

 

森見登美彦さんの作品はほとんどが京都を舞台にしており、それぞれの作品が同一の世界線を共有しています。各小説単体でも楽しめるのですが複数作読むと作品ごとのリンクも見えてくるという楽しみもあります。

映画版もアニメ『四畳半神話体系』とのリンク点が複数ありました。(森見作品のアニメ化といえば『有頂天家族』がありますが、制作会社やスタッフが異なるため実質的な繋がりはありません)

 

【スタッフ・キャスト】

 本作を手掛けたのは『マインドゲーム』や『四畳半神話体系』などの湯浅政明監督です。

四畳半神話大系 Blu-ray BOX

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 湯浅監督は写実性よりもアニメーション的快感のある画作りを重視する監督で、ストーリーを意識せずとも見ているだけで楽しくなる画を作れる稀有な監督です。

本作のラストシーンのドラッギーな描写は監督の過去作『マインドゲーム』のラストに通ずるものがありました。

 

本作は、湯浅監督をはじめアニメ『四畳半神話体系』のスタッフ陣が再集結しており、脚本に劇団「ヨーロッパ企画」の上田誠さん、キャラクター原案に小説の表紙と同じ中村佑介さん、主題歌がASIAN KUNG-FU GENERATIONという実力派のクリエイター達がそろっています。

 

 主役の「先輩」の声優を務めたのは作家・アーティスト・俳優など幅広いジャンルで活躍する星野源さん。

脳内で屁理屈をこねまわしたり、妄想を巡らせたりする若干ボンクラな「先輩」というキャラクターを、声だけで見事に好演していました。 

ただ本作における先輩は自分の恋路を猛進するキャラクターなので、四畳半神話体系で浅沼晋太郎さんが演じた「私」の淡々とした抑揚のないセリフ回しを期待すると少し肩透かしを食らうかもしれません。

 

私的評価】

90点/100点満点中 

劇中のどのシーンを切り取っても絵になるような美麗で愉快な映像がひたすら続き、アニメーションとしてとても気持ちのいい映画でした。

 

トーリー面においても原作のテーマを大事にしながら映画化しており、原作にあった「人と人との縁」という要素をより膨らまして描いていました。

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

【原作との比較】

 映画版は原作の大筋をきちんとなぞらえており、原作のテーマから大きく逸脱した改変はありません。

原作では春夏秋冬それぞれの季節ごとにエピソードが描かれており、4つのエピソードで物語が構成されていましたが、映画版てはその4つの話しをまとめて一夜の出来事として物語を進行させています。

あの密度の物語をたった一夜のこととして描くのはかなり無理があるようにも感じましたが(一応、樋口さんが乙女に対して「君といると夜が伸びていくようだ」というセリフもありました)エピソードを区切らないので物語がストップせず、映画を観ている側の興味がきちんと持続するような作になっていました。

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キャラクターについてもほぼ原作通りですが、数名ほど設定が変更されているキャラクターがいました。

例えばパンツ総番長に思いを寄せる紀子さんというキャラクターは、原作では学園祭で「象の尻」という出し物を展示してパンツ総番長との再会を夢みる美術学生だったのですが、映画版ではゲリラ演劇「偏屈王」の舞台監督としてパンツ総番長を支えながら恋い慕うキャラクターへと改変しています。彼女の恋路の顛末も改変が加えられており、原作中の言葉でいうところの「神様の御都合主義」を原作以上にあらわした改変が加えられていました。

 

【原作からの改良点】

 原作と映画版では李白さんの描かれ方が少々違っています。

原作での李白さんは生に対しての幸福感を持っており、人のよい好好爺のように描かれていますが、映画版での李白さんは孤独と虚無感を抱えた寂しい人として描かれます。

乙女との飲み比べで、原作中の李白さんは乙女と楽しげに偽電気ブランを飲み交わしますが、映画版の李白さんは偽電気ブランを飲みながら自分の孤独を鬱々と語ります。暗澹とした李白さんと快闊とした乙女の良い対比となっており、乙女も李白さんもよりキャラクターが引き立つ改変がなされていました。

李白さんの抱える孤独は物語の終盤でも大事な要素になってきます。

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 学園祭のエピソードで、同じタイミングで頭に林檎が落ちてきたことからパンツ総番長が恋に落ちる相手が、原作では紀子さんだったのですが、映画版では学園祭事務局長になっています。原作ではあまり活かされなかった学園祭事務局長の女装趣味の設定が映画版ではきちんと活かされていました。そのままBL路線にいくのかなとも期待したのですが、運命の相手は紀子さんで変わりありませんでした。

運命の相手が学園祭事務局長だったことを知りショックを受けるパンツ総番長に、「偏屈王」の舞台監督を務めていた紀子さんが告白するのですが、自分の運命を信じる総番長は事務局長でも構わないと宣言します。しかしその時、竜巻によって飛ばされていた藤堂さんの鯉が総番長と紀子さんの頭に落ちます。原作にもあった「神様の御都合主義」という名の運命論が展開され二人は結ばれます。鯉が頭に落ちるという展開が夜の先斗町のパートと学園祭のパートを結び付けており良いアレンジになっていました。(”鯉”と新しい“恋”がかかった洒落としても効いていました)

 

【本作の不満点】

学園祭のエピソード内で、演劇部によるゲリラ演劇「偏屈王」が上演されるシーンですが、原作中では普通の演劇シーンだったところを映画版ではミュージカル仕立てにアレンジしています。

ただこのシーンのミュージカル演出がイマイチだったように感じました。

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 歌手活動もしている声優の悠木碧さんや、ミュージカル女優としての評価の高い新妻聖子さんなど、実力派の役者をミュージカルシーンに配しているので聞くに堪えないほどではないのですが、流れている音楽の節に対して無理に歌詞を当てはめようとしている部分が何か所かあり、かなり早口で聞き取りづらいところがあったためミュージカルとしての快感はあまり得られませんでした。(学生演劇なので、あえて上手くしていないととらえることもできますが)

 監督自身も学園祭パートのアニメ化に一番苦心したそうです。アニメーションで劇中劇を表現するのは難しいので、ミュージカルという手法を使う発想自体は悪くなかった思います。なので、歌詞や楽曲、節回しなどにもう少し工夫がほしかったです。

 

【ナカメ作戦】

先輩は黒髪の乙女に対し、ナカメ作戦(なるべくカノジョの目にとまる作戦)を実行し、自分の存在を彼女に印象付けるためにとてつもなく遠回りな戦略を実行していきます。恋愛経験知の低い人間にありがちな迂遠な恋愛プランで意中の娘に近づこうとするので「永久外堀埋め立て機関」と自虐的に自称するほどです。

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物語のラストで、恋煩いに侵された先輩は脳内会議を巡らせ、一歩踏み出せない腑抜けな自分とこれまで構築してきた彼女との関係崩壊を恐れ現状に留まろうとする自分の間(自分の男性的本能を象徴する”ジョニー”の横やりも含む)で葛藤を繰り広げます

自分の自宅へと向かってくる乙女に、先輩の脳内は混乱状態に陥りますが、先輩の脳内の搭から乙女が落ちそうになった時、彼は羽を広げ飛び立ち乙女の手を取ります。ひたすら外堀を埋めてきた先輩の中にも自ら彼女に飛び込む勇気を有してしたのです。

そして自宅へと看病をしに来てくれた乙女に絵本『ラ・タ・タ・タム』を渡した先輩は、今度古本屋に行こうと乙女を誘います。これまで迂遠な方法でアプローチを続けてきた先輩が、ようやく乙女に対して大きな一歩を踏み出したのでした。

 

 【こうして出逢ったのも何かのご縁】

映画版は原作よりも「人と人との縁」というものを色濃く描いています。

風邪に侵された李白さんを乙女が見舞いに行く場面、自分の孤独さを語る李白さんに対して乙女は「李白さんは孤独ではありません。ちゃんと人とつながっています」と返します。街中に広がった風邪は李白さんをきっかけに人から人へと移り、今や京都中を覆っている、それはつまり李白さんと人々とのつながりがあるからこそだと乙女は訴えます。

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 先輩が乙女に対して実行してきた「ナカメ作戦」もご縁の一つと言えます。たまたま通りかかったふりをして、奇遇な感じを装い乙女と出会い続けていた先輩は、運命的ではないものの少しづつ乙女のと縁を築いていたといえるのではないでしょうか。遠回りが過ぎるその作戦も、人との縁を信じる乙女にきちんと響いたのです。

先輩から古本屋に行こうと誘われた乙女は、顔を赤らめ「私も風邪を引いたかもしれません」といいます。その風邪が普通の風邪か、「恋わずらい」かは分かりませんが、乙女が李白さんに言ったように、風邪がうつっていくことで先輩と乙女が縁によって結ばれたということではないでしょうか。

 

 【ちなみに…】

 本作を観に行くと劇場の来場者プレゼントとして、「先輩」から「乙女」への手紙と「乙女」から「先輩」への手紙という森見登美彦さん書下ろしの短編小説が特典でついてきます。(先輩から乙女への手紙は初週、乙女から先輩への手紙は2週目以降のプレゼント)

手紙は二人が古本屋でデートをした後の話で、お互いの近況が書かれています。「先輩」から「乙女」への手紙には、先輩と樋口さんが北白川天神に行った時の話が記されており、「乙女」から「先輩」への手紙には乙女と羽貫さんが銀閣寺に行った時の話が記されています。

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先輩が川に落としてしまった蜜柑が乙女のもとに流れ着いたり、乙女のダウンジャケットから飛び出た羽毛が先輩のもとへと舞い落ちたりと、神様の御都合主義が炸裂する内容になっています。

そして先輩が次のデートとして映画館に誘い、乙女もそれに賛成します。二人はこれからどんな映画を見て、どのような関係に発展するのでしょうか。(リア充め、ブルーバレンタインとか見ればいいのに…)