雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『無限の住人』と原作漫画『無限の住人』(ネタバレあり)

 今回紹介する作品は

無限の住人です。

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【あらすじ】

旗本の腰物同心であった万次は、民を苦しめる主と同心を殺したため賞金首となった。ある日、目の前で妹・町を賞金稼ぎに殺された万次は、怒り狂った勢いで100人の追手を斬り捨てた果てに死にかけてしまう。そこに謎の老婆・八尾比丘尼があらわれ、彼の体に「血仙蟲」という虫を埋め込み万次を不死の体に仕立て上げた。

それから50年が過ぎ、孤独に過ごす万次の前に浅野凜と名乗る少女があらわれる。凜は無天一流という流派の師範代だった父を、逸刀流の統主天津影久に殺された過去があり、万次に対して天津への仇討ちを手伝ってほしいと申しでる。凜に亡くなった妹の面影を重ねた万次は、凜の用心棒を引き受ける。

 

 

【原作】

原作は沙村広明さんの同名漫画『無限の住人』です。

 原作は全30巻(新装版は全15巻)で、月刊アフタヌーンに19年に渡り連載されていた漫画です。

本作は、世界中から支持を得ている漫画で、アメリカで“コミック界のアカデミー賞”と呼ばれるウィル・アイズナー漫画業界賞の最優秀国際作品賞を獲得したほどの作品です。

 個人的には19年の長期連載作品でありながら、設定のブレや変なテコ入れがなく、作者の描きたいものやテーマがしっかりしている土台のしっかりした漫画という印象を受けました。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『クローズZERO』や『殺し屋1』などの実写化作品を数多く手掛けてきた三池崇史監督です。

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 三池監督は上記のような実写化作品に加え、『13人の刺客』や『一命』などの時代劇も手掛けており、原作には五体がちょん切れる人体破壊描写もたっぷりなので、三池監督の資質のとてもあった題材だったと思います。

 

主人公・万次を演じたのは木村拓哉さん。木村さんは剣道経験者で「武士の一文」などで時代劇の主演経験もあるため、殺陣シーンなど画面に映える立ち回りがとても上手でした。隻眼という設定なので、距離感の取りずらいアクションシーンだったと思いますが見事にこなしていました。

 

私的評価】 

78点/100点満点中

 長編漫画2時間に収めたためストーリー展開にやや早急さを感じましたが、無限の命の意味という原作のテーマはしっかりと描かれいてよかったです。

映画版ならではの派手な大立ち回りもあり、非常に楽しめました。

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

 

【原作との比較】

映画版は原作の13巻までを元にし、ラストの万次対天津の決闘や槇絵の天津に対する慕情の結末などは原作の最終巻付近を踏襲しています。

原作にあった吐による万次の人体実験や公儀お抱えの六鬼団との戦いなどは映画版では描かれません。コミック版では一時的に万次と行動を共にする凶(まがつ)や百琳(ひゃくりん)などはそこまでフィーチャーされて描かれません。

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 その代り、映画版には原作になかった万次1人対幕府軍300人の大立ち回りが用意されており(原作で万次が同時に戦う相手は多くても3人程度)逆境感たっぷりの展開で、派手なクライマックスに仕上がっていました。

 多勢に無勢の展開といえば、三池監督が「十三人の刺客」でも描いていた得意とする展開なので、その資質が存分に発揮されていました。

細かい改変点としては、万次の着物の背中の文字が原作では「卍」だったのが、映画版では「万」になっています。おそらく海外配給した際にハーケンクロイツと勘違いされないための配慮なのかもしれません。

 

【原作からの改良点】

 原作では物語のスタート時点から万次が不死身の力を有しており、不死の力を手に入れたきっかけは回想として話される程度でした。一方、映画版では万次の妹・町を目の前で殺され、大勢の悪党を切り倒す大立ち回りを繰り広げボロボロになった万次に八尾比丘尼が血仙蟲を埋め込んだことがきっかけで不死身の体を手に入れたことになっています。

これにより不死の体が、妹を失い多くの人を切り捨てた万次にとっての呪縛であるという側面が強くなっており良い改変でした。

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また、原作では凜の父を殺したのが黒衣鯖人でしたが、映画版手は天津影久自身が直接父親を手にかけています。これにより、天津が凜にとって宿命の仇である点がより濃くなっていました。

 

【本作の不満点】

本作では、戦闘中に心情を吐露したり、自分の過去を語ったりするシーンが多々あるのですが、その際に登場人物たちの動きが止まってしまうので、どうしても画的な停滞感を感じてしまいました。

アクション中にキャラクター達の心情が分かるような演出があればもう少しスマートに描けたのではないかと思いました。

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また、長編の漫画を2時間の映画にまとめたせいかどうしてもダイジェスト感が否めなかったです。凜の仇の逸刀流の面々にも割とすんなり会えて、すぐに対戦が始まるので物語の展開するスピードがかなり速く感じました。

前後編の2部作にしたらもっとじっくり描けたのかもしれません。

 

アンチヒーロー

 万次にはかつて一世を風靡した時代劇のヒーローたちの要素が多く含まれています。暗い宿命を背負ったアウトローという点においては「眠狂四郎」のようで、隻眼の剣士という点(万次が時折片腕で戦うという点でも)においては「丹下左膳」を彷彿とさせます。

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いままでの時代劇の主人公たちと異なるのは万次が“実はあまり強くない”という点です。死なない体を手に入れたために剣の腕が鈍ってしまった万次は、戦闘においても敵に切られることが多く、文字通り「肉を切らせて骨を断つ」やり方で敵を倒してきた男です。

不死身という呪いを背負ったために、肉体的な意味でも精神的な意味でも人の痛みが分かり、その人のためならば公儀にすら刃を向ける新時代のヒーローなのです。

 

【切るべき相手】

凜が万次に初めて出会い、仇討ちに協力してもらうよう説得するシーン、万次は凜に誰を斬ればいいのかを問い、凜は返答に詰まります。

仇討ちという大義名分はあれど、やろうとしていることは人を殺すことなので、天津への復讐は絶対的な正義とは言えないのです。

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 そして映画のクライマックス。宿敵、天津影久や幕府軍の志士達が大勢いる状況で万次は凜に「俺は誰を斬ればいい?」と訊ねます。その問いに対し凜は「私のことを斬ろうとする人」と答えます。その答えに万次は「それでいい」と返します。

どちらが善でどちらが悪ではなく凛に危害を及ぼす敵を倒し、彼女を守ることが万次の行動原理なのです。

 

 【生きるという贖罪】
大勢の人を殺し自分のせいで妹を亡くした万次は、死なない体を手にしたために死んで罪を償うのではなく生きて罪を償わなければならない宿命を背負います。
切腹など、死をもって罪を贖うことが美徳とされる時代で、万次の存在は異質なものです。

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万次にとって凜を守ることは、救えなかった妹に対しての贖罪の意味もあります。

クライマックスで万次は凜を庇いながら戦いを繰り広げます。ボロボロになりながら戦い続け、最後は天津に斬られそうになった凜を庇い、瀕死状態で凜に仇討ちを遂げさせます。

助けられなかった妹を守るように、最後まで凜を守り続けることこそが、無限の命を持つ万次の存在証明だったのかもしれません。