雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『ナラタージュ』と原作小説『ナラタージュ』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画ナラタージュです。 

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【あらすじ】

映画配給会社に勤める工藤泉は、ある雨の日学生時代のことを思い出していた。大学2年の時、泉の元に一本の連絡が入った。電話の主は高校時代の演劇部の顧問だった葉山であった。葉山は現役部員の少ない演劇部のために、学園祭での公演に協力して欲しいと泉に申し出た 。戸惑う泉であったが、申し出を受け入れ演劇部に協力することになったが、泉と葉山の間には教師と教え子の関係を超えた過去があった…

 

【原作】

原作は島本理生さんの同名小説『ナラタージュ』です。 

ナラタージュ (角川文庫)

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 本作は島本さんが20歳の時に執筆した恋愛小説で、「この恋愛小説がすごい!2006年版」や「本の雑誌が選ぶ上半期ベストテン」で1を獲得し、山本周五郎賞にもノミネートされた作品です。

小説の主人公である泉同様、島本さんの大学在学中に執筆された本作は、ヌーヴォーロマン(アンチロマン)作家のマルグリット・デュラスに強い影響を受けて書かれた作品だそうで、特に『愛人/ラマン』で描かれていた“少女期の終わり”の描写にインスパイアを受けたそうです。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『世界の中心で、愛をさけぶ』や『パレード』などを手掛けた行定勲監督です。

パレード (初回限定生産) [DVD]

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 本作は行定監督が『世界の中心で、愛をさけぶ』の後から映画化を打診されていた作品で、実に12年間の構想期間を経てついに映像化が実現した作品です。

漫画原作のピュアな恋愛映画がヒットしていく中で、シリアスな風合いの強い本作の映画化は難航していたそうですが『ピンクとグレー』で行定監督とタッグを組んだ小川真司プロデューサーの「葉山先生役を松本潤にしてみてはどうか」という提案を機に、一気にプロジェクトが進んでいったそうです。

行定監督としては『クローズド・ノート』以来の純粋な恋愛映画という位置づけになるそうです。

主人公の泉を演じたのは有村架純さん。行定監督が「自覚はないが実は魔性の女」と語る泉にぴったりのキャスティングで、自分の思いが実らないことを感じながらも先生のことを思い続ける強さを持った女性を好演していました。

葉山先生を演じた松本潤さんは普段のアイドルらしい輝きを抑え、憂いさの漂う放っておけない男性を見事に体現していました。何より松本さんがこれまで演じてきたキャラクターのどれよりもエロさが際立っており、眼鏡をかけてあの弱々しい表情をされると男でもドキッとしてしまうほどでした。

 

【私的評価】

75点/100点満点中

ポップで爽やかな恋愛映画がトレンドになりつつある昨今の映画業界の中で、本作は大人のビターな恋愛をメインテーマにしておりとても好感が持てました。

原作小説の要所をちゃんと抑え、物語の核となる男女の曖昧な関係もきちんと描いていました。特に男性監督が撮ったということもあって、男のどうしようもなさはかなり際立っています。

ただ、恋愛映画としてはシリアスさが強い作品なので、鈍重な展開が2時間強続くのはちょっとしんどかったです。

 

 

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

【原作との比較】

ストーリーの大筋は原作をしっかりと準えて映像化されていますが、映画版では原作よりも泉・葉山・小野の三人の物語にフォーカスが当てあれており、その他の登場人物のエピソードはかなり省略されています。

ドイツで暮らすことになった泉の両親の話は映画版には登場せず、高校の演劇部に所属する現役部員たちのエピソードもかなり省かれています。

また物語の終わり方も小説と映画では異なっており、 エンディングの印象は原作とはかなり真逆に近い終わり方になっていました。 

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作中、物語のテーマを暗示するためにいくつかの映画作品が登場します。『エル・スール』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は小説版にも映画版にも共に登場したのですが、映画版には小説になかった浮雲』と『隣の女』という2つの作品がオリジナルで加わっています。

成瀬巳喜男監督作の『浮雲』は、別れようとも別れられない男女の合縁奇縁を描いた作品で、ナラタージュの物語と共通する点の多い作品です。元妻と別れたとも思っていた男が実は関係を解消していなかったという展開や、その男への思いを断ち切ろうと別の男と関係を持つという展開などは、本作のストーリーともよく似通っています。

フランソワ・トリュフォー監督の『隣の女』は、かつて愛し合った男女が再開し、愛執の末に悲恋に向かっていく話です。作中ではラストシーンの「一緒では苦しすぎるが、ひとりでは生きていけない」というセリフが取り上げられており、正しく泉と葉山の関係をはっきりと表しています。

 

【原作からの改良点】

原作では教師になることを将来の目標としていた小野ですが、映画版ではその夢が靴職人に切り替わっています。映画中盤、泉と付き合うことになった小野は、彼女に自分の作った靴をプレゼントします。小野という青年の優しさが詰まったプレゼントのようにも感じられるシーンですが、本作における靴は“独占欲”のメタファーになっています。本作においては、彼の作った靴を履くことは結婚指輪をはめること同然なのです。

だからこそ小野と別れるシーンで一度脱いだ靴を「履いて行けよ」と言われても再び履かないことで、先生の元に戻りたいという泉の確固たる意志がより強まっていました。 

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前にも述べた通り、映画版と小説版では物語の終わり方が大きく異なっているのですが、個人的には映画版の終わり方の方が好きでした。

 原作では、葉山と別れた後新しいパートナーと新生活を始めた泉が、偶然にも葉山の古い友人にに出会い、昔の思い出に引き戻されるというエンディングになっています。

対して映画版は、葉山からもらった懐中時計に「Que seja feliz(ポルトガル語で"幸せでありますように")」にというメッセージが刻まれていたことを知った泉が過去の恋愛と決別し、新たな一歩を踏み出す予感をさせる終わり方になっていました。

映画版の方が、曖昧な関係のまま停滞した主人公が前に進み出す物語としてきちんと着地している気がしたので好みでした。

 原作では婚約者だったポジションが、映画版では会社の同僚という設定に切り替わっているのも、泉のこれからの新しい門出を予期させる良い改変だど思いました。

 

【本作の不満点】

 本作は泉・葉山・小野の3人の物語をクローズアップした分、彼女らを取り巻く人々の物語が少々薄くなっています。特にその印象が強かったのが、高校演劇部の現役部員たちをめぐる物語でした。

映画終盤、演劇部員の柚子が不幸な死を遂げる展開があります。原作ではこの結末に至るまでに柚子の変化を緻密に描いていたのですが、映画版では不穏な空気を匂わせる程度にとどまっており、描きこみ不足な感じがしました。

 柚子を巡る事件に関しては原作者自身が「あのエピソードは書き残した感がある」と語っているので、映画オリジナルで柚子のエピソードをもっと深く掘り下げても良かったのではないかと思います。 

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本作は2時間20分と恋愛映画としては長尺の作品になっています。しかし、男女の停滞したままの関係が主題となっている作品なっているため、全編に渡って結ばれそうです結ばれないもどかしい展開がひたすら続くので、このテーマに対してのこの尺はどうしても冗長さを感じてしまいました。

なので、3人の物語ばかりをクローズアップするのではなく、泉の同級生や現役部員たちのエピソードを適度に盛り込めば、物語にアクセントが付き、冗長さも和らいだのではないかと思います。

 

【小野と泉】

 物語中盤、泉と付き合うことになった小野ですが、泉から愛されているという実感が得られないことに不満を募らせていきます。彼女の心の奥底にある葉山の影に悩まされ、嫉妬に苛まれた小野は、次第に泉に対しての当たりが強くなっていき、最後は彼女から別れを告げられてしまいます。

 小野は直情的で最低な振る舞いをする男ですが、極めて人間的なキャラクターとも言えます。葉山と泉の間に入り込む余地がないことを自覚しているからこそ、荒々しいやり方で泉を振り向かせようとしてしまうのです

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 映画版では省かれていますが、原作には泉と小野が“不幸から抜け出すこと”について語り合うシーンがあります。

 自分が不幸に見舞われ、その不幸から抜け出そうとすると他の誰かが傷ついてしまう時どうすれば良いかという問いに対して、小野は自分の力でその不幸を克服するべきだと持論を述べます。一方の泉は、他の誰かと共に自分も不幸を享受しなくてはならないと考える人間なので、そもそも小野とは相容れないのです。

その違いが決定的に出るのが、病院でのシーンです。柚子が治療を受ける病院から、小野と泉が去ろうとするとき、泉は葉山の悲しげな眼を目にしてしまいます。人の痛みを放っておけない泉は、先生とともに痛みを分かち合うために、小野に別れを告げ、葉山の元へと戻るのでした。

 

【共鳴し合う2人】

葉山は自身の不器用さゆえに、妻を精神的に病ませてしまい、その結果多くの人を傷つけてしまったことを後悔し続けています。葉山の抱える暗い過去は、一人で抱え込むには重すぎるもので、それ故に無意識に泉にそばにいて欲しいと願ってしまのです。

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  葉山は高校で陰湿ないじめを受けている泉を救い、泉も葉山に好意を抱きます。

 これをきっかけに、葉山と泉はそれぞれの痛みを分かち合うようになり、先生と生徒の関係を超えた共依存の関係になっていきます。

葉山が泉を助けたのは、自分がかつて愛する人を救えなかったことに対する懺悔の念と、自身の抱える痛みと泉の抱える痛みが共鳴したったからかもしれません。

 

【幸せであるように】

 妻と再び共に暮らす決意をした葉山は泉にその旨を伝え、本当の別れになることを告げます。そして2人は、お互いのことを思い出へと昇華させるために、最後に体を交わします。

葉山への思いを断ち、彼の部屋を発った泉でしたが、電車の車窓から見えた葉山の姿に、抑えてきた感情が溢れ出してしまうのでした。

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そして、月日が経ち社会人になった泉はふと、過去の恋愛を思い出します。心の奥底では葉山への気持ちを断ち切れていなかった泉でしたが、彼からもらった懐中時計に「幸せでありますように」というメッセージが刻まれていたことを知ります。

その言葉は、今まで互いに依存し続けた2人の関係に対しての決別の言葉でありながら、相手のことをいたわる葉山らしいエールでもありました。

葉山を思い続け立ち止まったままでいた泉がようやく前進む勇気を持った時、懐中時計の止まったままの時間も進み始めるのでした。