雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『パーティで女の子に話しかけるには』と原作小説『パーティで女の子に話しかけるには』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画パーティで女の子に話しかけるにはです。 

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【あらすじ】

1977年、毎日大好きなパンクロックに明け暮れるエンは、親友のヴィクとジョンと共にライブハウスに潜り込み、声をかけた女の子に嘲笑されながらも、音楽に乗せて気ままにはしゃいでいた。ライブの打ち上げにも行こうと目論む3人だったが、会場を見つけることが出来ず、たまたま音楽が聴こえてきた家へと上り込む。そこは風変わりな人々が、風変わりなダンスや話をするパーティ会場だった。エンはそこでザンという、不思議な女の子に出会う。エンは彼女と話すうちに彼らがこの世界の人間ではないことに気づいて行き…

 

【原作】

原作はニール・ゲイマン作の短編小説『パーティで女の子に話しかけるには』です。

壊れやすいもの

壊れやすいもの

 

 本作はニール・ゲイマンの短編集『壊れやすいもの』に収録されている作品で、全部で20ページほどしかない本当に短い物語です。

ニール・ゲイマンはイギリスのSF・ファンタジー作家で、DCコミックサンドマンの原作者でもあります。(映画の中にもサンドマンのステッカーがちょこっと映っています)ゲイマンといえばコララインとボタンの魔女』や『スターダスト』『アメリカン・ゴッズ』など発表した作品の多くが映像化されているので、彼の名は知らなくとも彼の手掛けた作品に触れたことのある人も多いのではないでしょうか。

本作は作者にとって半自伝的な作品であるそうで、今回の映画版には主人公のエンがゲイマンそっくりのビジュアルで登場する場面があります。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や『ラビットホール』などを手掛けたジョン・キャメロン・ミッチェル監督です。

 ジョン・キャメロン・ミッチェル監督は、演劇界出身の方でトニー賞を受賞した経験もある方だそうです。俳優出身ということもあって、役者への演技のつけ方が本当に上手いです。

 本作は監督の過去作『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』と同じロック映画で、今作でも『ヘドウィグ〜』同様、閉塞的なルールや社会意識への反骨心が重要なファクターとなっています。

主人公のエンを演じたのは新鋭アレックス・シャープ。この方も、監督と同様に舞台を中心に活躍されていた方だそうで、こちらもトニー賞を受賞した経験があるそうです。主人公の童貞ボンクラ男子を見事に演じていて、冒頭の女の子への話しかけ方の下手くそさは自分を見ているようでした。

ヒロインのザンを演じたのはエル・ファニング。彼女のからキャスティングは、プロジェクトの始動段階から決まっていたそうで、実際に見てみると確かに彼女以外考えられないキャラクターでした。殺人的なキュートさで異文化に触れる異星人を演じていて、こちらまでドキドキさせられました。

 

【私的評価】

92点/100点満点中

短い短編を映画独自の解釈で膨らませ、原作の意図を汲み取った上でのオリジナル展開が繰り広げられていました。

原作よりも“パンク” の持つ意味合いが増しており、よく出来た原作アレンジになっていました。パンクの精神が周囲に感染していく様は痛快であり、ラストシーンにはホロリとさせられます。

かなり難解な内容ですが、全編を通しての珍奇なビジュアルを眺めるだけでも十分に楽しめると思います。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

【原作との比較】

 前述の通り原作は20ページ足らずの短編小説で、異星人の集まりと知らずにパーティ会場に乗り込んだエン(原作ではイーン)とヴィクの一夜だけの物語となっています。

原作では、ヴィクがパーティ会場で恐ろしい体験をして、エンとともに家から飛び出すところで物語が終わっています。よって、パーティ会場を出てからの展開は原作の後日譚のようなもので完全に映画オリジナルです。 

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映画オリジナルのキャラクターも増えており、エンの親友のジョン(乳首が3つある太っちょの青年、本作のコメディリリーフ)、ライブハウスのオーナーであるボディシーア(エンやザンにとってのメンター的な存在)などが映画に独創性を与えています。

 

【原作からの改良点】

 原作では“詩”が物語の重要なファクターとなっているのですが、映画版では“パンクロック”が物語の核となっています。

小説版の異星人たちは自分たちが滅びゆく種だということを自覚しており、自分たちが何者で、何をし、何を見聞き知ったかを詩にし、宇宙に残そうとしています。

一方映画版の異星人たちは種の存続のために、子の摂食による延命を図っています。その、子を食べることによる延命という残酷な儀式にNOを突きつけるのがパンクロックの精神なのです。

原作にも主人公がパンクロック好きという設定はあるのですが、あくまで主人公への肉付けや、時代を象徴するためのものという扱いで、物語にあまり作用はしていませんでした。対して今回の映画版は、主人公の愛するパンクロックが、ヒロインのザン(原作ではトリオレット)にも感染し、世界を変えるきっかけとなっています。

1970年代は演奏を重視したプログレッシブ・ロック(通称・プログレ)に代わって、メッセージ性を重視したパンクロックが台頭していた時代でもあるので、時代性が物語のテーマに合致していました。

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【7つ目のコロニー】

 宇宙人たちは6つのコロニーに分けられており、それぞれの体の部位に則した役割(マニフェスト)を持っています。6つのコロニーの中の頂点にいるのが第一コロニー(白いコロニー)で、体でいうと脳に位置します。

彼らは滅びゆく運命にある存在なのですが、命を繋ぎ止めるためにPT(保護者)と呼ばれる親たちが子供たちを食べることで生き永らえています。すべてのコロニーの子が無くなった時、各PTをファーストと呼ばれる白いコロニーのPTが食べ、最後はそのファーストが自分自身を食べ全てを無に帰そうとしているのです。

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ザンはエンと出会ったことで、子供を身ごもり新しいコロニーのPTとなります。彼女の生み出した新しい緑のコロニーは、コロニー全体の心臓(Heart)部に位置しています。Heartには心臓以外に、こころ、愛情などの意味があります。彼女が生み出したコロニーはこころを持ち、愛を知るコロニーなのです。

映画のラストシーンを見ると、新しく生まれた子たちが、今までのように食べられる事はなくなったのだという事が分かります。白のコロニーのマニフェストである“調和”を彼女が“パンク”されたです。

 

【親がブチ壊したものを治す】

 エンの父はジャズシンガーとして奔放に生きており、エンはそんな父に対して「彼はパンクだった」と憧れの念を抱いています。ですが、父はエンの幼い頃に家を出て行っており、そのことをザンに「パンクだからあなたを捨てたの?」と突かれると何も言い返せなくなってしまいます。

エンは父の自由な生き方に憧れながらも、自分を置いて出て行った父への陰鬱な思いも持っており、アンビバレントな感情の中で揺れ動いています

 ザンはそんな彼に対して「私が保護者だったら、あなたを捨てない」と優しく告げます。

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映画ラスト、エンとの子を身ごもったザンは、地球に残るか否か、そして摂食の儀式を続けるか否かを仲間たちから迫られます。

コロニーのPTたちは今までのルールに従うようザンに迫りますが、エンが割って入り「メチャクチャしても俺たちは生きてる。食べて、クソして、踊って、恋をする。親がぶち壊したものも治す!」と訴えます。

彼にとってのパンクとは凝り固まった概念を打ち砕くだけのものではなく、概念を壊した上で新しいものを作り上げることなのです。

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ザンはエンのことを愛していますが、彼女が地球に残ることを選択すると、彼女の子は産まれてこず、惑星に戻ったPTたちによる摂食の儀式も永続することになります。

地球にいて欲しいと切望するエンに対して、彼女は我が子のために元の世界に戻ることを選択します。

それは彼女がエンに「私が保護者だったら、あなたを捨てない」と言っていた通りの行動であり、エンの父のように子供を見捨てないことで、彼の言っていた「親がブチ壊したものを治す」ことを体現して見せたのです。 

 

【パンクは死なない】

 エンにとって、ザンが選んだ選択は「親がぶち壊したものを治す」という精神には沿っていたものの、ルールに縛られ自由のない元の世界に帰ってしまったことは彼のパンクの理念と矛盾するものでした。

大人になりコミック作家となった彼は、ある日のサイン会で複数人の若者と出会います。彼らの名前は、スージー(スージー&ザ・バンシーズのボーカル)や、ディー・ディー(ラモーンズのベース)、ジョーン・ジー(レッドツェッペリンジョン・ポール・ジョーンズの愛称)など、いずれも偉大なパンクロッカーたちの呼び名でした。その瞬間、エンは彼らがザンの子供たちであることに気づきます。

エンにとっては、パンクとは思えないザンの選択でしたが、彼が描いたウイルス・ボーイのようにパンクの精神はザンにしっかりと感染し、遠い星でも消えることなく、次の世代へと受け継がれていたのです。

そうしてパンクだけが生きがいだったボンクラ男子が遥か彼方の世界を変えたのでした。

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