雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『ルイの9番目の人生』と原作小説『ルイの九番目の命』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画ルイの9番目の人生です。

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【あらすじ】

ルイ・ドラックスは今までの人生で8回も命を落としかける事故に見舞われていた。そんな彼が崖から転落するという9度目の大事故にあい、病院に運ばれる。一度は死亡と判断されたルイであったが、突然息を吹き返し昏睡状態になってしまう。ルイの担当医であるパスカルは、彼の母親のナタリーに事情を聞き出そうとするが、彼女との間に不埒な関係が芽生えてしまい…

 

【原作】

原作はリズ・ジェンセンの小説『ルイの九番目の人生(原題:The Ninth Life of Louis Drax)』です。 

ルイの九番目の命 (ソフトバンク文庫)

ルイの九番目の命 (ソフトバンク文庫)

 

 リズ・ジェンセンはブラックユーモアの含まれたコメディやサスペンス作品を得意にしている作家で、手掛けた作品はガーディアン賞やオレンジ賞など権威ある賞に数々ノミネートされています。

本作はリズ・ジェンセンの母の身に起きた悲劇がモデルとなっています。母の弟(リズの叔父)が家族総出で出かけたピクニックの最中に行方不明となり、その捜索中にリズの祖母が崖から転落し命を落としてしまったのだそうです。この母の体験をベースに、リズが物語を膨らませ家族の物語として仕上げたのが本作です。

 悲劇的な実話が元になっている作品ではありますが、物語の内容は決して重たいだけのものではなく、早熟な少年の発言にクスリとさせられたり、親子の絆の物語としてもとても感動的な作品になっています。

 

 【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは『ミラーズ』や『ピラニア3D』を手掛けたアレクサンドル・アジャ監督です。 

 アジャ監督と言えば、ゴア描写やスプラッター描写の多いホラー作品を多く手掛けてきた監督ですが、前作『ホーンズ 容疑者と告白の角』(原作『ホーンズ 角』)からファンタジーサスペンスという新境地を開拓し、その卓越した手腕を見せつけてくれました。本作もその系譜にある作品と言えるでしょう。

 監督はヒッチコック作品を意識して本作を作ったそうで、ファムファタルとしてのブロンド美女や、高所から落ち行くカットなどヒッチコック作品(特に『めまい』)に対してのリスペクトも随所に見られました。

 脚本を務めたのは、俳優としても活躍しているマックス・ミンゲラ。本作はもともと『イングリッシュ・ペイシェント』や『コールド・マウンテン』などを手掛けた映画監督である父・アンソニーミンゲラが映画化を熱望していた作品だったのですが、2008年に他界してしまったため、息子であるマックスがその遺志を継いでプロデューサー兼脚本家として実現させた映画になります。アンソニー・ミンゲラ版も見てみたかったですが、その息子が手掛けた作品ということもあって、子供の視点から見た親という要素が原作よりも深淵に描かれていた気がします。

主人公ルイを演じたのは、エイダン・ロングワース君。何か月にもわたるオーディションの末に発掘されたロングワース君は、原作のルイをそのまま現実に移し替えたとしか思えない佇まいで、とんでもない天才子役が見いだされたと思わせてくれる演技力でした。

そして、物語のカギを握るルイの母・ナタリーを演じたのがサラ・ガドンデビッド・クローネンバーグ監督作に出ているイメージの強い女優さんですが、本作でもその魅力は全開です。どこか放っておけない薄幸の美女という、難しい役柄を見事に体現していて感服しました。

 

【私的評価】

88点/100点満点中

 原作の世界観をとても大事にしながら映像化されており、とても好感が持てました。原作に頼り切るだけでなく、映画の独自性も取り込んでいて脚色部分も素晴らしかったです。

勘のいい人であればすぐに真犯人が分かってしまうでしょうが、それでも主人公・ルイの心情の読めなさが物語の推進力となっていて、監督と脚本家の手腕にうならされました。

ビジュアル面も大変素晴らしく、美しさと恐ろしさが同居した映像は見るものを惹き付けます。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

【原作との比較】

 本作は原作をとても大事にしながら映画化されており、 登場するキャラクターや大筋のストーリーは原作とほぼ同じです。原作の世界観を丁寧に映像化しながらも、脚本を務めたマックス・ミンゲラの独自性も存分に出ています。

 原作よりも父と子の絆の部分が拡張されており、親子の愛の物語として感動的に仕上がっていました。映画版の白眉ともいえる、ルイと父が別居前に語り合うシーンは映画オリジナルのものです。

 映画版では、母・ナタリーがキャンディーに毒を混入させルイを病院送りにしようとしていましたが、原作ではこの部分がもう少し複雑で、彼女はルイに別の方法で中毒症状を引き起こさせようとしています。ナタリーは自分がレイプされた過去がある(という虚偽)をルイに遠回しに伝えており、「レイプ魔はおちんちんを切り落とされる」「ピルを飲めば女の子になれるからレイプ魔にはならない」という嘘を彼に教え、ピルを飲ませて急性中毒に陥らせようとします。この部分が映画版ではかなり簡略化されていました。

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小説版はルイによるモノローグと、医師・パスカルによるモノローグが交互に描かれ物語が進みます。ルイのモノローグのなかで、彼の話し相手になっているのがギュスターヴという血まみれの包帯でグルグルに巻かれた男(映画版では海藻まみれのシーモンスター)です。映画版ではホラー的な見せ方で、物語中盤から登場するキャラクターですが、原作では初めからルイの会話相手として登場しています。初め読んだときはルイのイマジナリーフレンドかなと思ったのですが、ラストで明かされる真実には驚嘆させられました。

 

【原作からの改良点】

 原作と映画版で大きく異なっているのが、ルイの母・ナタリーが辿る結末です。小説版では、事件の真相をルイ(の意識)が語った後、病院から逃げ出し、近くで起こっていた山火事に巻き込まれ死亡します。死ぬ間際に彼女が残した「いつもあの子を助けてきたわ。あの子は絶対に死なせない。子供を守るのは親の義務だもの。私はあの子を愛してる。この世の何よりあの子を愛してるの」という言葉は、本心から出た言葉とも自分自身を偽るために残した言葉ともとれる印象的なセリフです。

 対して映画版では、事件の真相が究明されたあと、彼女は精神病院に収容されており、そこで医師・パスカルとの間に子供を身ごもったこと発覚します。これから先、パスカルもルイの父・ピーターのように狂った母から子供を守り、愛することができるのかが試される、何ともアイロニカルな結末で、ある種のホラーチックさを感じる面白い改変でした。

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【本作の不満点】

前述した改良点ですが、改変したことによる弊害も少しだけ残っており、さすがにあの実験的で非科学的な証言の取り方でナタリーを精神病棟送りにできたことには少し説得力が足りないように感じました。

 

【処分権】

ルイは、母親が事故に見せかけて自分に大怪我を負わせていることに気付いていましたが、そのことを誰にも訴えようとはせず、反抗しようともしませんでした。それはルイが母を愛していたからでもあり、彼の持っている“処分権”という概念によるものでもあります。

 彼はペットのハムスターがげっ歯類の平均寿命っである2年を超えたとき、自らの手でそのハムスターを殺してしまいます。彼はそれを処分権と呼んでおり、飼い主に与えられた権利だと考えています。

 映画の冒頭、ルイの母は彼に「猫は9つの命を持っているの、あなたが猫だったら8つくらいはもう使ったんじゃないの?」と言います。それを受けて彼は、自分にとっての飼い主である母に自分の処分権を託し、命を脅かすようなことがあっても何の抵抗もしなかったのでしょう。

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【母の秘密】

ルイの母・ナタリーは、ルイに何度も大怪我を負わせ病院送りにしてきた真犯人です。勘の良い人であれば、早い段階で彼女が犯人であることに気が付くかもしれません。ですが、本作に登場する男たち(主にパスカル)はナタリーの本性になかなか気が付きません。

 薄幸そうな彼女の魅力に幻惑されてしまったパスカルは、彼女がとる不自然な行動や発言も、子供が昏睡状態にいるために正常な判断ができないのだと考え、彼女の言動を心理学における否認(認めたくない現実や不快な体験を無意識的になかったことことにしてしまうこと)と捉えてしまいます。

 そんな彼女の本性は、息子が傷つくことで非業の母を演じようとする代理ミュンヒハウゼン症候群を抱えた女でした。他者からの同情を自分の餌として、息子を傷つけることすら厭わない姿は、並みのホラー映画よりゾッとさせられます。

しかしながら、事件の真相を知っていて昏睡状態にある息子を殺そうとしなかったのは、わずかに残った母としての愛ゆえなのかもしれません(原作では普通に殺そうとしていましたが…)

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シーモンスター

 本作は、海中の映像でルイの無意識下の世界を表現しています。海中の画の中で象徴的に映されるクラゲは脳と心臓を持たない生き物です。それは、生きているとも死んでいるとも分からないルイの象徴といえるでしょう。

そして、昏睡下のルイの内面世界に現れるのが、海藻まみれで今にも息絶えそうなシーモンスターです。シーモンスターはルイのメンター的存在として登場し、ルイも彼にあまり怯えている様子はありません。その正体は今際の際に現れたルイの父の化身でした。

断崖から落ちた父はそのまま死んではおらず、暗い洞穴に流れ着き、死の淵でにルイの無意識世界と通じ合っていたのです。暗く深い洞穴の中で力尽きていきながら、父はルイ(そしてナタリー)のことばかりを考えていたのでしょう。想像するだけで辛くなります。

 物語のラスト、ルイは父の言葉を受け、無意識の海の底から浮かび上がろうとします。父を愛する彼はこのまま無意識世界に留まることも考えたでしょうが、むかし父と別居することになった際、ルイの心の中にはいつもパパがいることを、父が教えてくれたからこそ、彼は元の世界に戻る決意をしたのでしょう。

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