雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『3月のライオン[後編]』と原作漫画『3月のライオン』(ネタバレあり)

 

今回紹介する作品は

映画3月のライオン[後編]』です。

 

【あらすじ】

新人王戦を制した零は、記念対局として名人・宗谷冬司と戦うことになるが、宗谷との対局を前に零はじわじわと恐れを募らせていた。

そんな零を優しく迎え入れてくれる川本姉妹とも出会って1年が経ち、家族の一員のように自然と食卓を囲むようになっていた。そんなさなか3姉妹の父である誠二郎が突然あらわれ、今の妻と娘を連れて一緒に暮らさないかと申し出る。

一方で獅子王トーナメントも開催され、タイトル獲得のため様々な棋士たちがしのぎを削り合っていた。果たして零は大切な人たちを守り、トーナメントを勝ち進むことができるのか…?

 

 

【原作】

原作は羽海野チカ先生の同名漫画『3月のライオン』です。

 後編では原作のだいたい5巻から11巻までのエピソードが描かれています。

 

原作は今も連載中のため、後編のラストは映画版オリジナルの物語が展開されます。

ラストにかけての展開は、原作者羽海野チカ先生が連載当初に考えていたエンディングになっており、そこに映画版の脚本家らによるオリジナルのエッセンスを詰め込み、物語の完結までを描いています。

 

 

【スタッフ・キャスト】

スタッフとキャストについては、前編からの布陣と変わらず同じクリエイター陣がそろっています。

映画『三月のライオン 前編』と原作漫画『三月のライオン』(ネタバレあり)

 

後編からの登場人物として、川本3姉妹の父である誠二郎が登場し、伊勢谷友介さんが好演しています。飄々として身勝手な誠二郎という男を見事に演じていました。

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映画版3月のライオンには実在の棋士が多数端役で登場しており、後編には桐山清澄九段が出演しています。桐山九段は加藤一二三さんが引退した現在、最年長で最古参のプロ棋士で、桐山九段の弟子である豊島将之八段は主人公桐山零のモデルになったともささやかれている人物です。(苗字が同じ桐山であるのも偶然ではないかも…?)

こういった将棋ファンも喜べる要素も随所に配されています。

 

 

私的評価】

78点/100点満点中

 後編でも原作のテーマを大事にしながら映像化しており、現在発刊されている原作のその先を見せてくれるのでとても楽しめました。

ビルディングスロマンとして正攻法で作られており、それを際立てる役者陣の熱演もとても光っていました。

 

ただ上映時間の尺のせいや、展開の性急さもあり、原作からそぎ落としてほしくなかった部分もいくつかカットされていました。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【原作との比較】

3月のライオン[後編]」では、ひなたのいじめ問題や、父・誠二郎をめぐる問題、宗谷との記念対局など、原作の5巻から11巻にかけてのエピソードをなぞってストーリーが進んでいきます。

そしてラストにかけて映画版オリジナルの物語が展開されます。f:id:nyaromix:20170430164127j:plain

映画版の終盤からは、獅子王戦での対後藤戦や、零の姉・香子をめぐるエピソードなどがオリジナルの要素として加えられています。

原作に登場していた土橋九段や滑川七段は映画版には登場せず、代わり原作にまだあまり登場していない幸田家の長男・歩が登場し、彼をめぐる物語が原作に先行して描かれています。

 

【原作からの改良点】

宗谷との記念対局の前日、零は自分の手が震えていることに気づき、宗谷に対しての畏怖を自覚するという原作にはなかったシーンが加えられています。

そんな時、育ての父である幸田から電話がかかり、幸田は零に対して「自分で作ったバケモノと戦うんじゃない」とアドバイスを伝えます。f:id:nyaromix:20170430180712j:plain

このシーンは映画版オリジナルのものですが、零の師匠であり父でもある幸田の父性や、零が周りの人に支えられていること、宗谷という棋士がどういう存在なのかなど、作品のテーマに関わる多くのことが詰まったシーンでとても良かったです。

 

【本作の不満点】

 誠二郎をめぐる問題で川本家との間に歪みが生じ、居場所をなくした零は精神的に万全ではない状態で獅子王戦での後藤との対局を迎えます。後藤に追い詰められた零は自らの頭をガシガシと搔き毟ったり殴ったりする異様な行動をとります。そして自分を支えてくれている周りの人たちの存在を思い出し逆転するのですが、零の気持ちが切り替わったきっかけが説得力に欠けるので、もう少しロジックがほしかったです。(例えば、ヒナタからもらったニャー人形がバッグの中に入っているのに気が付き、自分のことを大事に思ってくれている人たちのことを思い出すとか何か一捻りほしかったです)

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 あと、零が誠二郎に対し「僕はひなたさんとの結婚を考えています」と宣言するシーンがあるのですが、その非常に重要な発言が劇中でそれ以降回収されず、顛末が描かれないのはもやもやしました。(原作ではひなたが、零が誠二郎を説得するためのストーリーを作り芝居をしてくれたのだと誤解釈する描写があります。)

ひなたのいじめ問題についても原作にあった学年主任が登場してからの、胸のすく展開やいじめの責任の所在をめぐる重要なセリフなどがかなりカットされていて残念でした。

 

【不器用さと誠実さ】

川本3姉妹の前に父・誠二郎が突然あらわれ一緒に暮らさないかと提案を持ち掛けてきた際、零は3姉妹に誠二郎を近づけさせまいと徹底抗戦に出ます。零は大事な人たちを守ろうとするあまり誠二郎を一方的に責め立ててしまい、実の子供である姉妹たちを傷つけてしまいます。

原作では特に彼の一方的なやり方が窘められることもなく進んでいき、零に対して少々独善的なきらいも感じていたので、映画版の改変は川本姉妹からの客観的視点が強まっていて良かったです。

自分の大事な人たちを守ろうとするあまり、周りが見えなくなってしまう零の不器用さがあらわれた良いシーンでした。

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後藤との対局中、自分の周りの人々の存在の大きさを思い出した零は、対局後川本家に向かって走り出します。彼女たちを傷つけてしまったことを謝罪した零は「力になりたいなんて偉そうなことを言ってたけど、力をもらってたのは僕のほうでした」と思いを吐露します。

涙を流す零を川本姉妹は暖かく招き入れます。きちんと感謝の意を伝えられる零の誠実さがあったからこそ川本家は彼を受け入れてくれたのでしょう。

 

【幸せへの一手】

 幸田家の長女・香子は昔プロ棋士を目指していたのですが、零に対して勝てなくなってしまい手をあげてしまいます。父から棋士への道をあきらめるように促された香子はやさぐれていまい、父と零そして将棋に対しての愛憎を抱きながら後藤との微妙な関係を続けていました。

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妻を亡くした後藤から突き放された香子は、 行き場を失くし再び自宅へと戻ります。

香子に対して父・柾近は、かつて香子が零に手をあげたときの盤面を見せ、実はあの時香子の勝ち筋は消えていなかったという事実を伝えます。家庭が壊れたことや棋士への道が閉ざされたことを父や零のせいにしていた香子ですが、自分が幸せになるための一手を見逃していたのは香子自身だったのです。これからは自分自身をあきらめず最後まで最善の一手を見出してほしいという父の思があらわれた、棋士らしいエールでした。(だからこそ個人的にはラストシーンで香子には後藤の元に戻ってほしくなかったです)

 

【君は将棋、好きか】

 9歳の時両親を亡くした零は自分の居場所をなくし、「君は将棋が好きか」と訊ねた幸田に対し「はい」と噓をつきます。それは零がなんとか自分の居場所を手に入れるための嘘で、将棋は彼にとって生きていくための道具にすぎませんでした。

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後藤との対局で、自分に力を与えてくれていた人たちの存在に気付いた零は、宗谷との獅子王戦最終対局を前に改めて幸田から将棋が好きかと問われ、将棋が好きだということを鏡越しに目を合わせて答えます。

生きるための命綱として将棋に縋り付いてきた零でしたが、将棋によって巡り合えた人たちや、将棋を指している自分を応援してくれている人たちの存在の大きさを実感し、はじめて将棋が好きだといえるようになったのです。

将棋だけが自分のアイデンティだった零に、自分を思ってくれる人たちという新たな生きる意味が生まれたのでした。