雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『ワンダー 君は太陽』と原作小説『ワンダー Wonder』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

ワンダー 君は太陽です。

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 【あらすじ】

遺伝子疾患により人とは違った顔を持つ少年、オーガスト。27回もの手術を行い、今まで自宅でしか勉強をしたことがなかったオーガストだったが、母・イザベルの決意により、5年生の初日から学校へ通うこととなった。初登校の日、オーガストは緊張しながらも、いつも被っている宇宙服のヘルメットをとり、校内へと踏み出していく。こうしてオーガストの学校生活は始まっていくのだが…

 

【原作】

原作はR・J・パラシオの小説『Wonder ワンダー』です。

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

 

パラシオさんは元々、アートディレクター兼グラフィックデザイナーとして活動していた方なのですが、数年前のある日、トリーチャーコリンズ症の子供に出会ったことがきっかけで本作の執筆を始めたそうです。

その日パラシオさんは、息子たちと共にアイスクリーム店に出かけ、店の前のベンチに座ってのですが、その時隣に座っていた女の子が頭部の骨格に障がいを抱える子だったらしく、それに気づいた3歳の子供が怯えて大泣きしてしまったそうです。

それに慌てたパラシオさんは、なんとかその場を取り繕おうとするも、子供は泣きわめくわ、買ったシェイクを床にぶちまけるわで、ひどい惨状と化してしまったそうです。そうする間に女の子は母と共に去ってしまったそうで、パラシオさんはこの時の振る舞いを猛烈に悔い、どうすれば良かったのか考えを巡らせ、本作の執筆に取り掛かったといいます。

パラシオさんのこのエピソードは、小説内ではジャックウィルの章で描かれており、映画版にもしっかり取り入れられています。

この本が出版されると話題が話題を呼び、世界各国で800万部を売り上げる大ヒット作となりました。

しかし、熱い感想が世界中から寄せられる中、本作中に登場したいじめっ子のジュリアンを強く非難する声が高まり《KEEP CALM AND DON'T BE A JULIAN(冷静さを保ち、ジュリアンになるな)》という運動が起こり始めました。パラシオさんは本作の続編を書く気は無かったのですが、本意ではない運動の盛り上がりに対してアンサーを返すために、ジュリアンら、本作で描かれなかった子供たちのそれぞれの背景を描いた『もうひとつのワンダー』を出版しました。

もうひとつのワンダー

もうひとつのワンダー

 

『もうひとつのワンダー』では、ジュリアンがオギーをいじめ始めたきっかけが緻密に描かれており、ジュリアンが初めて見たオーガストに本気で怯え悪夢障害に悩まされていたことや、彼の母親の愛ゆえの過激な暴走、仲の良かったジャックがオーガストに取られたような苛立ちなどジュリアン側のバックグラウンドが記されています。ですが、あくまでジュリアンを擁護するような描かれ方ではなく、彼のことを理解するための極めて客観視点的な描かれ方になっているところがパラシオさんの見事なバランス感覚だと思います。

今回の映画版には、ジュリアン(とその両親)がトゥシュマン先生と話をするシーンが描かれてます。少々原作と形は異なりますが、そのシーンは『もうひとつのワンダー』に倣って盛り込まれたシーンです。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのはスティーブン・チョボスキー監督です。

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『RENT/レント』や『美女と野獣』で脚本を手掛け、自身の小説『ウォールフラワー』の映画化に際しては自ら監督・脚本・製作総指揮を務めたチョボスキー監督だけに、本作においても原作からの換骨奪胎がとても上手くできていました

プロデューサーから本作の映画化の話を持ちかけられた時、チョボスキー監督は最初はその依頼を断っていたのですが、小説を読みその内容の素晴らしさに惚れ込み、メガホンを取る決意をしたそうです。そういった経緯もあり原作へのリスペクトがふんだんに込められた映画に仕上がっていました。

主人公・オーガストを演じたのは『ルーム』でその名を世界に轟かせた天才子役ジェイコブ・トレンブレイ。特殊メイクで作られた顔のために、表情が作りづらい難しい役どころながら、その繊細な演技でオギーの心情を見事に表現していて感服させられました。

オギーの両親をジュリア・ロバーツオーウェン・ウィルソンが演じるなど脇を固める役者たちも大変素晴らしく、物語への没入感を高めてくれました。

 

私見

93点/100点満点中

製作陣がいかに原作に惚れ込んでいるかが伝わるほど、小説へのリスペクトがふんだんに込められた作品に仕上がっており、原作小説の感動をそのままに味わえる映画に仕上がっていました。

役者陣のアンサンブルも素晴らしく、物語にぐんぐん引き込まれます。

複数のキャラクターを章ごとにメインに据えて描く群像劇的な作りでありながら、誰一人疎かに描いておらず巧すぎる作りに感服しました。

最後には滂沱の涙が流れる家族で見て欲しい作品です。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

【原作との比較】

映画『ワンダー』は原作にかなり忠実作られており、何点かの省略や時系列の入れ替えはあるもの基本のストーリーは原作通りに進んでいきます。

登場人物ごとに章分けされた構成も原作通りで、オギー以外のキャラクターの感情の機微もしっかりと描かれています。

今回の映画版はオギー、ヴァア、ミランダ、ジャックウィルの4人の話をメインに物語を構成しており、原作にあったオギーの同級生・サマーの章と、ヴィアの恋人・ジャスティンの章が端折られています。原作では、サマーは初めひとりぼっちでランチを食べているオギーに同情心から声を掛けたのですが、オギーのことを知るうちに彼の面白さに気付いていき、心から親しくなっていきます。ヴィアの恋人ジャスティンも初めてオギーと会ったときはその顔に面食らったものの、プルマン家の幸せそうな様子を見て、オギーそしてヴィアをささやかながら支えています。映画版はサマーやジャスティンの章こそないものの、彼らのキャラクター性や心境がきちんと汲み取れるように描かれていて良かったです。

他にもオギーが補聴器をつけるシーンや、オギーと仲直りしたジャックウィルがジュリアンから陰湿ないじめを受けるシーンなどが削られていました。 しかしながら原作エピソードの取捨選択は実に巧みだったと思います。

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映画版のオギーのビジュアルは、『マレフィセント』でも特殊メイクを務めたアリエン・タイテンさんが手掛けているので、とても良く出来ているのですが、「オーガストの目は、普通目がある位置よりも3センチ下に付いている」「眼球が入りきるだけの穴がなく目玉が大きく外に飛び出している」「鼻は顔と不釣り合いに大きい」「耳のあるべきところはへこんでいて、顔の真ん中あたりを両側から巨大なパンチで潰されたみたい」と記されている原作中のビジュアルと比べるとやや整いすぎているようにも感じました。

 

【原作からの改良点】

映画版のオギーは、宇宙飛行士への憧れが原作よりグッと前面に出ています。映画は冒頭シーンから宇宙服のヘルメットを被ったオギーのカット原作ではで始まり、ラストショットでもその姿が映し出されています。彼にとって宇宙飛行士への憧れは、見た目によって差別されないSF世界への憧れでもあります。その一方で彼の被る宇宙服のヘルメットは他人に自分の顔を晒さないための消極的な防御策でもあります。

 原作では物語の始まった時点から既にオギーのヘルメットが父親に隠されていたのですが、映画版では序盤のシーンまでオギーがヘルメットをかぶり続けており、初登校時にオギーがヘルメットを脱いで学校に向かうシーンが加えられています。これによって他の児童から奇異な目で見られるオギー、そしてそれを見守るオギーの家族の緊張感を観客も味わえるようになっていました。

また、原作ではオギーのヘルメットは父親によって捨てられていたのですが、映画版では父の会社に置いてあることになっています。ネガティブな意味合いのあるアイテムとはいえ、せっかくミランダがくれたものなので、こちらの改変の方が道義的に良かったと思います。

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原作本は2013年に出版されたものなので、だいぶ現代的な物語ではあるのですが、原作ではFacebook上だったジャックウィルとの仲直りシーンが、マインクラフト上でのやり取りに変わっており、より現代的に改変され子供らしさも加わっていました

 

 

【正しいことより親切なこと】

オギーのクラスのホームルーム担任・ブラウン先生は、いつも子供たちに世界各国の有名な格言を教えるのですが、彼が最初に教えた格言がアメリカの著作家ウェイン・W・ダイアーの「正しいことをするか、親切なことをするか、どちらかを選ぶときには、親切な方を選べ」という言葉です。

この言葉は『Wonder』の評判とともに世界各国に広まり"Choose Kind(親切であることを選ぶ)"という意思表明の運動がSNS上で沸き上がりました。

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オギーの初めての親友・ジャックウィル。ハロウィンの日、ジュリアンたちと話していたジャックは、同調圧力と保身からオギーが近くにいると知らず彼の悪口を発してしまいました。そのせいでオギーに距離を置かれてしまったジャックでしたが、のちに自分の過ちに気付きます。自分の過ちを悔いるジャックの前で、いじめっ子のジュリアンがオギーを揶揄し、その言葉を聞いたジャックは思わずジュリアンを殴ってしまいます。

 人に対して手をあげることは必ずしも正しい行為とは言えないですし、ましてやジャックは貧乏な家庭で奨学金をもらって学校に通っているので暴力沙汰は奨学金の停止、果ては退学にも繋がりかねない行いです。しかし、彼は友達の尊厳を守るためいじめっ子に果敢に立ち向かったのです。

 ひとりぼっちのオギーに手を差し伸べてくれたサマーもまた、正しさより親切を選んだ体現者です。周囲からペスト菌扱いされ、誰もオギーに近寄ろうとしない中、サマーは女子グループの忠告を捨て置き、オギーと友達になります。学校中で腫れ物扱いされているオギーと仲良くなるのは、女子友達との友人関係を壊しかねないリスクを伴うものですが、彼女は打算的な正しさよりも親切であることを選びました

ジュリアンとともにオギーをいじめていたエイモスたちも、森林学校で上級生に絡まれていたオギーを助けるため、皆で立ち向かいます。

そしてみんなの親切の集合が、やがて大きな奇跡を起こして行くのです。

 

【ヴィアとミランダ】

この作品が他のヒューマンドラマ映画と一線を画している点は、ハンディキャップを乗り越える主人公だけを映すのではなく、その周囲で陰ながら寂しい思いをしている人にも寄り添っているところでしょう。

オギーの姉・ヴィアは、父と母の関心がいつも弟にばかり注がれ、なかなか両親に振り向いてもらえず、かといって弟を差し置いて自分に注目してもらおうとアピールすることも気が引けて出来ないという難しい立場にいます。彼女が「オギーは太陽で、私とママとパパは太陽を囲む惑星」と言うのも中々寂しいセリフです。自分を気にかけてくれていたおばあちゃんも亡くなってしまい、加えて幼馴染のミランダからは高校に入った途端になぜか距離を置かれてしまいます。

 そんな中で彼女がジャスティンと出会い、足を踏み入れたのが演劇の世界です。両親に振り向いてもらえないというコンプレックを抱える彼女が、観客からの視線を一身に集める演劇に挑戦したのはヴィアが彼女なりに見つけ出した自分を輝かせるための方法といえるでしょう。

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ヴィアの幼馴染・ミランダは、プルマン家の幸せそうな姿に焦がれ、ヴィアの居ないサマーキャンプで「私には奇形の弟がいる」と虚言を弄し、注目の的になってしまいます。その結果、ヴィアに顔向けしにくくなってしまったミランダは、自然と彼女を避けるようになってしまいました。

オギーに焦がれるヴィアと、ヴィアに焦がれるミランダ。仲違いしている2人ですが、抱えるコンプレックスは似た者同士といえます。

ミランダが主役を務める予定だった舞台「わが街」。しかし、ヴィアの家族が観劇に来ていることを知ったミランダは、代役の彼女に自分の役を譲ります。元はごっこ遊びの延長で奇形の弟がいる姉を演じてしまったミランダが、今度は逆に自分の役をヴィアに演じてもらうというのは彼女なりの贖罪といえるかもしれません。

 自分の役を完璧にこなしたヴィアに、観客からの大喝采の拍手が送られます。そのシーンで、幼き日のヴィアが誕生日のお祝いで両親に「弟が欲しい」と言うフラッシュバックが差し込まれます。このシーンは原作にはない映画版オリジナルで加えられた演出です。ヴィアもオギーと同じようにちゃんと両親から愛されている事が伝わる涙腺を刺激するシーンでした。

 

【あなたは奇跡】

頰やあごの骨、耳、鼻などがうまく形成されず、極端に垂れた目が特徴的な疾患、トリーチャー・コリンズ症候群。日本では5万人に1人の確率で生まれるというこの疾患。その症状は外見だけでなく、呼吸、聴覚、視覚にまで影響し、幼い頃から再建手術を繰り返さなければなりません。

オギーもまた27回もの手術を繰り返し、外の世界にほとんど触れない生活を送って来ました。度重なる手術を受けてきたオギーに、両親はいつも付きっ切りで、自分の時間などほとんどありません。

そんな中、母・イザベルは10歳を迎えたオギーを学校へ通わせる決意をします。最初は反対していた父・ネートも覚悟を決め、息子を学校へと送り出します。

もし、オギーが学校へ行かなくても、彼は両親から一身に愛され、誰からも傷つけられることなく幸せに暮らすことができるかもしれません。しかし今のままではオギー、そして家族の世界は依然変わらないままなのです。

オギーと家族の勇気ある一歩が、彼の世界を変えるきっかけとなっていきます。

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オギーが学校へと通うようになってから、彼の世界も彼の周りの人々の世界も変わっていきます。

 これまでずっとオギーを見守り続け、すっかり自分の時間を忘れていたイザベルは、停滞していた美術の修士論文に取り掛かります。オギーが1歩踏み出すことで、彼の家族の世界も動き出して行くのです。

オギーは、悪意を持った人たちから傷つけられながらも学校へ通い続け、いつしか徐々に周りの人々を魅了していきます。トゥシュマン校長が「静かな強さで大勢の心を掴んだ」と評したとおり、オギーは勇気の力で世界を変えたのです。

人とは異なる顔という彼のスティグマが、彼の強い芯のある男の子へと成長させ、そしてその強さが人々を魅了しWonder(奇跡)を起こしたのです。

忘れてはならないのは、オギーは特別な顔を持っただけのごく普通の男の子であるということです。1人の普通の少年が世界を変えるという物語は、境遇の異なる我々にも大きな勇気を与えてくれました。