雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『ワンダー 君は太陽』と原作小説『ワンダー Wonder』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

ワンダー 君は太陽です。

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 【あらすじ】

遺伝子疾患により人とは違った顔を持つ少年、オーガスト。27回もの手術を行い、今まで自宅でしか勉強をしたことがなかったオーガストだったが、母・イザベルの決意により、5年生の初日から学校へ通うこととなった。初登校の日、オーガストは緊張しながらも、いつも被っている宇宙服のヘルメットをとり、校内へと踏み出していく。こうしてオーガストの学校生活は始まっていくのだが…

 

【原作】

原作はR・J・パラシオの小説『Wonder ワンダー』です。

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

 

パラシオさんは元々、アートディレクター兼グラフィックデザイナーとして活動していた方なのですが、数年前のある日、トリーチャーコリンズ症の子供に出会ったことがきっかけで本作の執筆を始めたそうです。

その日パラシオさんは、息子たちと共にアイスクリーム店に出かけ、店の前のベンチに座ってのですが、その時隣に座っていた女の子が頭部の骨格に障がいを抱える子だったらしく、それに気づいた3歳の子供が怯えて大泣きしてしまったそうです。

それに慌てたパラシオさんは、なんとかその場を取り繕おうとするも、子供は泣きわめくわ、買ったシェイクを床にぶちまけるわで、ひどい惨状と化してしまったそうです。そうする間に女の子は母と共に去ってしまったそうで、パラシオさんはこの時の振る舞いを猛烈に悔い、どうすれば良かったのか考えを巡らせ、本作の執筆に取り掛かったといいます。

パラシオさんのこのエピソードは、小説内ではジャックウィルの章で描かれており、映画版にもしっかり取り入れられています。

この本が出版されると話題が話題を呼び、世界各国で800万部を売り上げる大ヒット作となりました。

しかし、熱い感想が世界中から寄せられる中、本作中に登場したいじめっ子のジュリアンを強く非難する声が高まり《KEEP CALM AND DON'T BE A JULIAN(冷静さを保ち、ジュリアンになるな)》という運動が起こり始めました。パラシオさんは本作の続編を書く気は無かったのですが、本意ではない運動の盛り上がりに対してアンサーを返すために、ジュリアンら、本作で描かれなかった子供たちのそれぞれの背景を描いた『もうひとつのワンダー』を出版しました。

もうひとつのワンダー

もうひとつのワンダー

 

『もうひとつのワンダー』では、ジュリアンがオギーをいじめ始めたきっかけが緻密に描かれており、ジュリアンが初めて見たオーガストに本気で怯え悪夢障害に悩まされていたことや、彼の母親の愛ゆえの過激な暴走、仲の良かったジャックがオーガストに取られたような苛立ちなどジュリアン側のバックグラウンドが記されています。ですが、あくまでジュリアンを擁護するような描かれ方ではなく、彼のことを理解するための極めて客観視点的な描かれ方になっているところがパラシオさんの見事なバランス感覚だと思います。

今回の映画版には、ジュリアン(とその両親)がトゥシュマン先生と話をするシーンが描かれてます。少々原作と形は異なりますが、そのシーンは『もうひとつのワンダー』に倣って盛り込まれたシーンです。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのはスティーブン・チョボスキー監督です。

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『RENT/レント』や『美女と野獣』で脚本を手掛け、自身の小説『ウォールフラワー』の映画化に際しては自ら監督・脚本・製作総指揮を務めたチョボスキー監督だけに、本作においても原作からの換骨奪胎がとても上手くできていました

プロデューサーから本作の映画化の話を持ちかけられた時、チョボスキー監督は最初はその依頼を断っていたのですが、小説を読みその内容の素晴らしさに惚れ込み、メガホンを取る決意をしたそうです。そういった経緯もあり原作へのリスペクトがふんだんに込められた映画に仕上がっていました。

主人公・オーガストを演じたのは『ルーム』でその名を世界に轟かせた天才子役ジェイコブ・トレンブレイ。特殊メイクで作られた顔のために、表情が作りづらい難しい役どころながら、その繊細な演技でオギーの心情を見事に表現していて感服させられました。

オギーの両親をジュリア・ロバーツオーウェン・ウィルソンが演じるなど脇を固める役者たちも大変素晴らしく、物語への没入感を高めてくれました。

 

私見

93点/100点満点中

製作陣がいかに原作に惚れ込んでいるかが伝わるほど、小説へのリスペクトがふんだんに込められた作品に仕上がっており、原作小説の感動をそのままに味わえる映画に仕上がっていました。

役者陣のアンサンブルも素晴らしく、物語にぐんぐん引き込まれます。

複数のキャラクターを章ごとにメインに据えて描く群像劇的な作りでありながら、誰一人疎かに描いておらず巧すぎる作りに感服しました。

最後には滂沱の涙が流れる家族で見て欲しい作品です。

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

【原作との比較】

映画『ワンダー』は原作にかなり忠実作られており、何点かの省略や時系列の入れ替えはあるもの基本のストーリーは原作通りに進んでいきます。

登場人物ごとに章分けされた構成も原作通りで、オギー以外のキャラクターの感情の機微もしっかりと描かれています。

今回の映画版はオギー、ヴァア、ミランダ、ジャックウィルの4人の話をメインに物語を構成しており、原作にあったオギーの同級生・サマーの章と、ヴィアの恋人・ジャスティンの章が端折られています。原作では、サマーは初めひとりぼっちでランチを食べているオギーに同情心から声を掛けたのですが、オギーのことを知るうちに彼の面白さに気付いていき、心から親しくなっていきます。ヴィアの恋人ジャスティンも初めてオギーと会ったときはその顔に面食らったものの、プルマン家の幸せそうな様子を見て、オギーそしてヴィアをささやかながら支えています。映画版はサマーやジャスティンの章こそないものの、彼らのキャラクター性や心境がきちんと汲み取れるように描かれていて良かったです。

他にもオギーが補聴器をつけるシーンや、オギーと仲直りしたジャックウィルがジュリアンから陰湿ないじめを受けるシーンなどが削られていました。 しかしながら原作エピソードの取捨選択は実に巧みだったと思います。

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映画版のオギーのビジュアルは、『マレフィセント』でも特殊メイクを務めたアリエン・タイテンさんが手掛けているので、とても良く出来ているのですが、「オーガストの目は、普通目がある位置よりも3センチ下に付いている」「眼球が入りきるだけの穴がなく目玉が大きく外に飛び出している」「鼻は顔と不釣り合いに大きい」「耳のあるべきところはへこんでいて、顔の真ん中あたりを両側から巨大なパンチで潰されたみたい」と記されている原作中のビジュアルと比べるとやや整いすぎているようにも感じました。

 

【原作からの改良点】

映画版のオギーは、宇宙飛行士への憧れが原作よりグッと前面に出ています。映画は冒頭シーンから宇宙服のヘルメットを被ったオギーのカット原作ではで始まり、ラストショットでもその姿が映し出されています。彼にとって宇宙飛行士への憧れは、見た目によって差別されないSF世界への憧れでもあります。その一方で彼の被る宇宙服のヘルメットは他人に自分の顔を晒さないための消極的な防御策でもあります。

 原作では物語の始まった時点から既にオギーのヘルメットが父親に隠されていたのですが、映画版では序盤のシーンまでオギーがヘルメットをかぶり続けており、初登校時にオギーがヘルメットを脱いで学校に向かうシーンが加えられています。これによって他の児童から奇異な目で見られるオギー、そしてそれを見守るオギーの家族の緊張感を観客も味わえるようになっていました。

また、原作ではオギーのヘルメットは父親によって捨てられていたのですが、映画版では父の会社に置いてあることになっています。ネガティブな意味合いのあるアイテムとはいえ、せっかくミランダがくれたものなので、こちらの改変の方が道義的に良かったと思います。

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原作本は2013年に出版されたものなので、だいぶ現代的な物語ではあるのですが、原作ではFacebook上だったジャックウィルとの仲直りシーンが、マインクラフト上でのやり取りに変わっており、より現代的に改変され子供らしさも加わっていました

 

 

【正しいことより親切なこと】

オギーのクラスのホームルーム担任・ブラウン先生は、いつも子供たちに世界各国の有名な格言を教えるのですが、彼が最初に教えた格言がアメリカの著作家ウェイン・W・ダイアーの「正しいことをするか、親切なことをするか、どちらかを選ぶときには、親切な方を選べ」という言葉です。

この言葉は『Wonder』の評判とともに世界各国に広まり"Choose Kind(親切であることを選ぶ)"という意思表明の運動がSNS上で沸き上がりました。

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オギーの初めての親友・ジャックウィル。ハロウィンの日、ジュリアンたちと話していたジャックは、同調圧力と保身からオギーが近くにいると知らず彼の悪口を発してしまいました。そのせいでオギーに距離を置かれてしまったジャックでしたが、のちに自分の過ちに気付きます。自分の過ちを悔いるジャックの前で、いじめっ子のジュリアンがオギーを揶揄し、その言葉を聞いたジャックは思わずジュリアンを殴ってしまいます。

 人に対して手をあげることは必ずしも正しい行為とは言えないですし、ましてやジャックは貧乏な家庭で奨学金をもらって学校に通っているので暴力沙汰は奨学金の停止、果ては退学にも繋がりかねない行いです。しかし、彼は友達の尊厳を守るためいじめっ子に果敢に立ち向かったのです。

 ひとりぼっちのオギーに手を差し伸べてくれたサマーもまた、正しさより親切を選んだ体現者です。周囲からペスト菌扱いされ、誰もオギーに近寄ろうとしない中、サマーは女子グループの忠告を捨て置き、オギーと友達になります。学校中で腫れ物扱いされているオギーと仲良くなるのは、女子友達との友人関係を壊しかねないリスクを伴うものですが、彼女は打算的な正しさよりも親切であることを選びました

ジュリアンとともにオギーをいじめていたエイモスたちも、森林学校で上級生に絡まれていたオギーを助けるため、皆で立ち向かいます。

そしてみんなの親切の集合が、やがて大きな奇跡を起こして行くのです。

 

【ヴィアとミランダ】

この作品が他のヒューマンドラマ映画と一線を画している点は、ハンディキャップを乗り越える主人公だけを映すのではなく、その周囲で陰ながら寂しい思いをしている人にも寄り添っているところでしょう。

オギーの姉・ヴィアは、父と母の関心がいつも弟にばかり注がれ、なかなか両親に振り向いてもらえず、かといって弟を差し置いて自分に注目してもらおうとアピールすることも気が引けて出来ないという難しい立場にいます。彼女が「オギーは太陽で、私とママとパパは太陽を囲む惑星」と言うのも中々寂しいセリフです。自分を気にかけてくれていたおばあちゃんも亡くなってしまい、加えて幼馴染のミランダからは高校に入った途端になぜか距離を置かれてしまいます。

 そんな中で彼女がジャスティンと出会い、足を踏み入れたのが演劇の世界です。両親に振り向いてもらえないというコンプレックを抱える彼女が、観客からの視線を一身に集める演劇に挑戦したのはヴィアが彼女なりに見つけ出した自分を輝かせるための方法といえるでしょう。

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ヴィアの幼馴染・ミランダは、プルマン家の幸せそうな姿に焦がれ、ヴィアの居ないサマーキャンプで「私には奇形の弟がいる」と虚言を弄し、注目の的になってしまいます。その結果、ヴィアに顔向けしにくくなってしまったミランダは、自然と彼女を避けるようになってしまいました。

オギーに焦がれるヴィアと、ヴィアに焦がれるミランダ。仲違いしている2人ですが、抱えるコンプレックスは似た者同士といえます。

ミランダが主役を務める予定だった舞台「わが街」。しかし、ヴィアの家族が観劇に来ていることを知ったミランダは、代役の彼女に自分の役を譲ります。元はごっこ遊びの延長で奇形の弟がいる姉を演じてしまったミランダが、今度は逆に自分の役をヴィアに演じてもらうというのは彼女なりの贖罪といえるかもしれません。

 自分の役を完璧にこなしたヴィアに、観客からの大喝采の拍手が送られます。そのシーンで、幼き日のヴィアが誕生日のお祝いで両親に「弟が欲しい」と言うフラッシュバックが差し込まれます。このシーンは原作にはない映画版オリジナルで加えられた演出です。ヴィアもオギーと同じようにちゃんと両親から愛されている事が伝わる涙腺を刺激するシーンでした。

 

【あなたは奇跡】

頰やあごの骨、耳、鼻などがうまく形成されず、極端に垂れた目が特徴的な疾患、トリーチャー・コリンズ症候群。日本では5万人に1人の確率で生まれるというこの疾患。その症状は外見だけでなく、呼吸、聴覚、視覚にまで影響し、幼い頃から再建手術を繰り返さなければなりません。

オギーもまた27回もの手術を繰り返し、外の世界にほとんど触れない生活を送って来ました。度重なる手術を受けてきたオギーに、両親はいつも付きっ切りで、自分の時間などほとんどありません。

そんな中、母・イザベルは10歳を迎えたオギーを学校へ通わせる決意をします。最初は反対していた父・ネートも覚悟を決め、息子を学校へと送り出します。

もし、オギーが学校へ行かなくても、彼は両親から一身に愛され、誰からも傷つけられることなく幸せに暮らすことができるかもしれません。しかし今のままではオギー、そして家族の世界は依然変わらないままなのです。

オギーと家族の勇気ある一歩が、彼の世界を変えるきっかけとなっていきます。

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オギーが学校へと通うようになってから、彼の世界も彼の周りの人々の世界も変わっていきます。

 これまでずっとオギーを見守り続け、すっかり自分の時間を忘れていたイザベルは、停滞していた美術の修士論文に取り掛かります。オギーが1歩踏み出すことで、彼の家族の世界も動き出して行くのです。

オギーは、悪意を持った人たちから傷つけられながらも学校へ通い続け、いつしか徐々に周りの人々を魅了していきます。トゥシュマン校長が「静かな強さで大勢の心を掴んだ」と評したとおり、オギーは勇気の力で世界を変えたのです。

人とは異なる顔という彼のスティグマが、彼の強い芯のある男の子へと成長させ、そしてその強さが人々を魅了しWonder(奇跡)を起こしたのです。

忘れてはならないのは、オギーは特別な顔を持っただけのごく普通の男の子であるということです。1人の普通の少年が世界を変えるという物語は、境遇の異なる我々にも大きな勇気を与えてくれました。

 

映画『ビューティフル・デイ』と原作小説『You Were Never Really Here』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は、

映画ビューティフル・デイです。   

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【あらすじ】

誘拐された子供の救出を生業とするフリーランサージョー。母と二人で静かに暮らすジョーは、幼少期に父から受けた虐待と、海兵隊・FBI時代に経験したトラウマに苛まれ、いつも自殺未遂を図っていた。そんなある日、ジョーの元に州上院議員・ヴォットより、失踪した娘のニーナを裏社会の売春組織から取り戻して欲しいという依頼が舞い込む。ジョーは依頼通り、売春が行われているビルへと向かったのだが…

 

【原作】

原作はジョナサン・エイムズの小説『You Were Never Really Here』です。  

ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)

ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)

 

 ↑映画の公開に合わせて、映画と同名タイトルで小説の翻訳版が発刊されています。

本著は2013年に電子版でリリースされた作品で、今年20ページ分の書き足しを加えて書籍として発刊された中編小説です。

原作者のジョナサン・エイムズは小説家・エッセイストでありながら、映画・ドラマ業界でも活躍しており、ポール・ダノ主演の映画『The Extra Man』では原作・脚本、TVドラマ『ボアード・トゥ・デス』では企画・製作総指揮を務めるなど実に多彩な作家です。

彼の作品のこれまでの作風は、どちらかというとコメディ寄りのものが多かったのですが、本作はコメディ色をほぼ廃して、シリアスでダーティーな男の物語に仕上げています。

原作中で出てくる売春現場の娼館は、原作者の家の近くに実際にあった建物をモデルにしているそうで、売春業者の使いっ走りとして登場する男も実在のモデルがいるそうです。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『僕と空と麦畑』や『少年は残酷な弓を射る』を手掛けたリン・ラムジー監督です。  

少年は残酷な弓を射る [DVD]

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 ラムジー監督の作品は、ブラックな物語の中に人間の繊細な心情描き出す作風のものが多く、本作もそういった資質がよく表れた作品となっています。シリアスな物語の中にふと笑ってしまうような描写を入れるのもこの監督の特徴で、作中に絶妙に織り交ぜられるブラックコメディ要素が物語に緩急を生み出しています。また、ラムジー監督は本作で脚本も務めており、カンヌ映画祭脚本賞を受賞しています。原作にリスペクトを込めつつ独自の作家性も存分に発揮させており、確かに良く出来た脚本でした。

本作の音楽を担当したのはジョニー・グリーンウッド。世界中から愛されるロックバンド・レディオヘッドのメンバーでありながら、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ファントム・スレッド』などで映画音楽を手掛けたりもする才人です。ラムジー監督とは『少年は残酷な弓を射る』以来2度目のタッグとなり、本作ではエレクトロニックサウンドと低音のストリングスを効かせた劇伴で物語に不穏さを与えていました。

主人公・ジョーを演じたのはホアキン・フェニックス。彼は今作でカンヌ映画祭の主演男優賞を受賞しています。本作で彼が見せる表情は本当に心を病んでしまった男にしか見えず、彼の死んだ目が脳裏に焼き付いて離れませんでした。昨今の映画作品ではヒーローや暗殺者を演じるにあたって体を引き締め筋骨隆々に仕上げる役者が多いですが、彼は逆に体を増量させることに挑んだそうです。原作のジョーのビジュアルとはかなり異なるのですが、映画版のジョーは、その見た目だけで心に傷を負った中年男に見えました。

 

私見

83点/100点満点中

映画前半は原作に忠実に映像化されているのに対し、後半部は監督の作家性がかなり前面に出た脚本になっています。しかしながら、登場人物のキャラクター性はきちんと一貫性が保たれていて、改変部にも好感が持てました。

主人公の弱い部分を原作よりも前面に押し出し、その小説では出番の少なかったヒロインの少女を、主人公にとってのメンター的な役割として引き立てているのも良かったです。

全編を通して流れる低音の劇伴も、ダークでシリアスな物語に良いアクセントを与えていました。

 

 

 

以下ネタバレあり

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映画『のみとり侍』と原作小説『蚤とり侍』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画のみとり侍です。 

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【あらすじ】

時は江戸。越後長岡藩の勘定方書役として出世街道をひた走っていた小林廣之進は、ある日の歌詠み会で、藩主の牧野備前守忠精が作った歌が良寛の歌に酷似していることを指摘し、忠精の逆鱗に触れてしまう。主君から「猫の蚤取りになって無様に暮らせ」と吐き捨てられた廣之進は、言われるがままに"蚤取り屋"に行き雇ってもらうよう申し出る。しかし、蚤取り屋の実態とは、寂しい女性と床を共にする裏稼業だった…

 

【原作】

原作は小松重男の同名小説『蚤取り侍』です。

蚤とり侍 (光文社時代小説文庫)

蚤とり侍 (光文社時代小説文庫)

 

表題となっている『蚤取り侍』は、短編小説集の中の一作で、今回の映画はこの表題作品の他に2作の短編を織り交ぜて映像化しています。

 原作者の小松重男さんは、元々鎌倉アカデミアの演劇科出身で、卒業後は松竹大船撮影所で『古都』や『愛と死』などで知られる映画監督の中村登に師事した方です。その後は前進座という歌舞伎劇団で文芸演出部を務め、新協劇団という劇団では演出部に就くなど演劇界で精力的に活動されてきました。その演劇映画界で培った知識や演出術が、小松さんの作品の礎となっています。

作家としてのキャリアのスタートはかなり遅咲きで、46歳でデビュー作『年季奉公』を発表。その作品で早速オール讀物新人賞を受賞します。その後は、『鰈の縁側』『シベリヤ』で直木賞候補にノミネートされるなど、めざましい活躍を見せました。(『年季奉公』と『鰈の縁側』は本著の中に収録されています。)

しかし、残念なことに昨年2017年、小松さんは亡くなられてしまい、この映画を観ることは叶いませんでした

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは、『愛の流刑地』や『後妻業の女』の鶴橋康夫監督です。 

後妻業の女 DVD通常版

後妻業の女 DVD通常版

 

 鶴橋監督はこれまでの映画作品でもれなく業の深い男女の性愛をテーマにしており、『のみとり侍』もこれまでの作風に漏れず、男女の性愛とその業を描いた作品となっています。鶴橋監督は本作の脚本も務めているのですが、蚤とり屋という男娼商売は確かに存在したものの文献が多くなく、時代考証担当の大石学さん東京学芸大学教授)と共に創作性を織り交ぜつつキャラクターを作り上げていったそうです。

主人公・小林廣之進を演じたのは阿部寛。鶴橋監督とはテレビドラマ「天国と地獄」以来のタッグとなる阿部さんは、愚直すぎる藩士の役がピッタリとはまっており、真面目さとどん臭さのあるキャラクターを好演していました。

 

私見

70点/100点満点中

小松重男さんの短編小説3つを繋ぎ合わせて1本の作品としてまとめた本作。

原作小説の魅力であった、人間の可笑しみや愛おしさがきちんと映像作品として昇華されており、原作者に対してのリスペクトが感じられました。

原作よりも人情劇的に仕上げた演出や、映画オリジナルで加わった政治的展開など映画としての面白さも加えられていて良かったです。

ただ、3つの作品を繋ぎ合わせたことによる歪さも少し感じられました。

 

 

 

以下ネタバレあり

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映画『狐狼の血』と原作小説『狐狼の血』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画『狐狼の血』です。

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 【あらすじ】

昭和63年、広島県・呉原市。この街では、地場のヤクザ尾谷組と広島に進出を始めた五十子会の下部組織加古村組での小競り合いが続いており、いつ抗争に発展してもおかしくない状況だった。

広島大学出身のエリート巡査・日岡は、呉原東署な刑事ニ課に配属され、マル暴の巡査部長・大上の補佐に抜擢される。2人は加古村組のフロント企業であった呉原金融の上早稲という経理担当者が謎の失踪を遂げた事件の捜査を始めるが、大上の捜査手法は、法律を逸脱した信じがたいものだった…

 

【原作】

原作は柚山裕子さんの同名小説『狐狼の血』です。

孤狼の血 (角川文庫)

孤狼の血 (角川文庫)

 

文芸誌『小説 野性時代』に連載されていた本作は、柚月先生にとってはじめての悪徳警官もので、これまでの作風とは異なる無骨な男たちの物語です(呉原市という架空の街は、作者の過去作でも舞台になっています)。文芸界でも高い評価を受けた本作は、日本推理作家協会賞山田風太郎賞候補、直木三十五賞候補などに選ばれています。

本作の執筆の一因となったのが深作欣二監督作の仁義なき戦いシリーズです。柚月先生が作家としてデビューし数年が経ったある時、笠原和夫の本を読んだ事をきっかけに鑑賞した『仁義なき戦い』第1作目に脳天をかち割られるほどの衝撃を受けたそうで、その後シリーズ全作を鑑賞し、『仁義の墓場』などの東映実録やくざ映画を全て鑑賞したと語っています。とくに本作に大きな影響を与えたのが県警対組織暴力です。『県警対組織暴力』はヤクザとの癒着を厭わない粗暴な刑事(菅原文太)を主人公とした作品で、本作と同じく広島県が舞台となっています(こちらの作品は倉島市という架空の都市)。また、柚月先生は悪徳刑事と新米刑事の対立を描いたバディムービー『トレーニング・デイ』も愛好しているそうで、そういった男くさい映画たちがこの作品の根幹をなしているといえるでしょう。

今年の3月に『孤狼の血』の続編となる『凶犬の眼』という作品が発刊されており、本作の主人公・日岡の数年後の姿が描かれています。そして現在、若き日の大上を描いた『暴虎の牙』という作品が岩手日報で新聞連載中です。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは『凶悪』や『彼女がその名を知らない鳥たち』の白石和彌監督です。 

gensakudaidoku.hatenablog.com

監督にとっては『日本で一番悪い奴ら』に続いての悪徳警官ものとなる本作。原作の物語自体が完全に監督の資質に合ったものなので、この抜擢は英断だと感じました。白石監督は『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』に似たテイストの作品を撮ることに抵抗があったそうなのですが、原作のおもしろさに感銘を受け監督を務める決意をしたそうです。

脚本を担当したのは『日本で一番悪い奴ら』で白石監督とタッグを組んだ池上純哉。池上さんはこの作品を“父と息子”の物語としてまとめるよう意識したそうで、この作品へのフォーカスの当て方としてはかなり誠実なアプローチだと感じました。

主人公・日岡を演じたのは松坂桃李。若手ナンバーワン俳優(僕個人の私感)だけあって、実直な新米刑事が徐々に荒々しくなっていく様を熱のこもった演技で熱演していました。

そして、この物語のキーパーソン・大上を演じたのは役所広司。役所さんの芸名は「役どころが広くなる」ことを祈念してつけられた名前らしいのですが、本作では今までの役のイメージとは正反対の雄々しい刑事を演じていて、その名に恥じない好演でした。

 

私見

88点/100点満点中

原作に対して多少のアレンジを加えながらも、物語の根幹を損なっておらず、東映ヤクザ映画にふさわしい骨太な作品になっていました。

原作のウェットな部分を削いで、かなりドライな風合いの作品に仕上げたのも、くどくなくてとても好感が持てました。

原作と異なるクライマックスはやや違和感が残ったものの、男のプライドがぶつかり合う様がカッコよく仕上がっていたので、まぁ悪くなかったかなと思います。

 

 

 

 

 以下ネタバレあり

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映画『ラプラスの魔女』と原作小説『ラプラスの魔女』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は、

映画ラプラスの魔女です。f:id:nyaromix:20180524193023j:plain

【あらすじ】

大学で地球科学の教鞭をとる大学教授の青江は、とある温泉地で起きた硫化水素による死亡事故について警察から見識を求められていた。死人が出た現場で、事故なのか事件なのかの調査を行う青江の前に、ふらりと1人の少女が現れた。少女は事故時の状況を訊ねるとすぐに立ち去ってしまった。その数日後、別の温泉地で同様の死亡事故が発生し青江はその事故現場へと赴く。似たような事故が立て続けに発生していたが、青江は状況を見るに計画殺人は不可能だと考え事件性を否定。しかし彼の前に再びあの少女があらわれ、事件現場の気象事象をぴたりと言い当てた。少女に対し何者なのかと青江が訊ねると彼女は「ラプラスの魔女」と答えるのだった…

【原作】

原作は東野圭吾の同名小説『ラプラスの魔女』です。 

ラプラスの魔女 (角川文庫)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

 

 今更紹介する必要もない気がしますが、ご存知の通り東野圭吾氏は日本で有数の大人気作家です。ミステリー・ファンタジー・ヒューマンドラマ・SFと、様々なジャンルの作品を手掛け、いずれも高い評価を受け、数多くの作品が映画化されています。

理系大学出身の東野さんは『ガリレオシリーズ』をはじめとし、『変身』『虹を操る少年』など、科学的知識を生かした作品を多数手がけており、本作も理系小説家としての作家性が発揮されてた一作と言えます。ですが、ラプラスの魔女』は東野作品の中でも今までの小説とは少々毛色の違う作品となっています。今までの作風通り科学的考証に基づいて物語が展開される部分もあるのですが、非理系の人間ですら引っかかってしまうようなかなりSFチックな部分もあり、科学性と非科学性が綯い交ぜになった不思議なバランスの作品です。(東野さん自身が本作について「デタラメな物語」と語っているほどです)

物語の整合性よりも寓話性を優先した作りのため、かなり好き嫌いが分かれる作品でもあります。展開に引っ掛かる部分は少々あれど、物語のダイナミズムには優れた作品なので、映画化向きと言えるかもしれません。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは日本トップのフィルムメーカー三池崇史監督です。

gensakudaidoku.hatenablog.com 

東野圭吾作品を三池崇史が映画化と聞いて、見る前は「この組み合わせは大丈夫なのか?」と思っていたのですが、『ラプラスの魔女』の物語のダイナミックさは、三池監督と食い合わせが良く、監督の資質に合った題材のように感じました。

脚本を担当したのは『イキガミ』や『神様の言うとおり』などを手がけた八津弘幸さん。「半沢直樹」や「陸王」など池井戸作品のドラマ化脚本を数多く手掛けてきた八津さんは、小説の映像化のためににまとめる能力に定評があるので良い人選だったとおもいます。

主人公の青江教授を演じたのは、人気アイドルグループ嵐の櫻井翔。三池監督とは『ヤッターマン』以来2度目のタッグとなる櫻井さん。彼のインテリで博識なイメージが、青江教授の役柄に良くはまっており、映画用にアレンジされた天然ぽいキャラクター性も彼のイメージとピッタリ合致していました。

物語の鍵を握るキャラクター、円華と謙人を演じたのは広瀬すず福士蒼汰。かなりトリッキーな設定のキャラクターを2人とも説得力を持って演じており、小説界からキャラクターをそのままトレースしたかのようでした。

 

私見

70点/100点満点中

特定の主人公らしいキャラクターのいなかった原作小説に対して、映画版は櫻井翔演じる青江を狂言回し的キャラクターとして配置し、ストーリーの核を作り出しています。

キャラクター配置の改変はあれど、原作の物語に対して過度なアレンジを加えることはなく、小説本来のテーマ性も大事にされていました。

原作からカットされてしまった部分が、ミステリー性を若干損ねているのと、原作由来の突飛すぎる展開が少々気になりましたが、複雑な物語を上手くまとめていたと思います。 

 

 

以下ネタバレあり

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映画『君の名前で僕を呼んで』と原作小説『君の名前で僕を呼んで』の比較(ネタバレありの感想)

 

今回紹介する作品は

映画君の名前で僕を呼んでです。

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【あらすじ】

1983年、北イタリアのとある田舎町で過ごす17歳の青年・エリオ。

エリオの父は毎年夏なると、若い研究者をインターンとして招き、数週間家に住まわせていた。その年の夏その地に訪れたのは、アメリカから来た24歳の大学院生・オリヴァー。エリオはオリヴァーの印象を“自信家”だと感じ、好意を抱いてはいなかったが、次第に彼の不思議な魅力に惹かれていき…

【原作】

原作はアンドレ・アシマン氏の同名小説『君の名前で僕を呼んで』です。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)

 

原作者のアンドレ・アシマン氏は、エジプト生まれのユダヤ人小説家で、現在ニューヨーク市立大学大学院センターで、比較文学を教えている方です。

幼い頃、エジプトとイスラエル間で起きた政治的衝突の影響で、家族とともにエジプトを追われイタリアに移り住んだ経験があり、その時の経験を書いた自伝『Out of Egypt』で高い評価を得ました。本作を含めて、複数の作品を発表していますが、日本で翻訳された作品は今作が初めてです。

本作を観ると分かる通り、アシマン氏は自分のルーツであるユダヤというファクターを作品に取り入れており、作品世界を語るうえでの重要な要素として上手に落とし込んでいます。

 本書はエリオの一人称で物語が進み、彼の心情描写が細やかに描かれているので映画の内容を補完したい方にとてもおススメです。

作者は、今回の映画ににゲイのカップル役で登場しているのですが、本人はゲイではないそうです。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは、『ミラノ、愛に生きる』や『胸騒ぎのシチリア』などを手掛けたルカ・グァダニーノ監督です。

胸騒ぎのシチリア [Blu-ray]

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グァダニーノ監督は、本作と『ミラノ、愛に生きる』として『胸騒ぎのシチリア』を私的に“欲望”の三部作と呼んでいるそうです。その言葉通り、さまざま欲望を抱えたキャラクターたちの人間模様と、その欲望が成就する瞬間のカタルシス、そしてその顛末を丁寧に描くことに定評のある監督です。その手腕を買われ、次回作ではダリオ・アルジェント監督のサスペリア』のリメイクを手掛けることが決まっています。

本作で脚色を務めたのは『モーリス』や『日の名残り』で監督を務めた、ジェームズ・アイヴォリー氏です。アイヴォリーが自分の監督作以外で脚本を担当するのは初めてだったそうなのですが、その卓越したアダプテーション力で、アカデミー賞の最優秀脚色賞を受賞しています。(ただアイヴォリー氏は、本作で主演二人の下半身の露出がない事に不満も持っているそうです。)

本作で主人公のエリオを演じたのは、新鋭のティモシー・シャラメです。『インター・ステラー』で主人公の息子役を演じるなど、若くして高い演技力を見せてきたシャラメ君ですが、意外にも本作が初めての主演作だったそうです。高学歴でピアノまで見事に演奏できるこの才人は、初主演ながら実に堂に入った演技力で、青年の繊細な恋心を表現していました。

エリオが恋心を寄せる大学院生・オリヴァーを演じたのは『ローン・レンジャー』や『コードネームU.N.C.L.E』などのアーミー・ハマー。爽やかさと色気を兼ね備えた文句なしの男前でありながら、その演技は実に細やかで、一瞬の表情で感情をしっかりと表現していました。

 

私見

94点/100点満点中

 今作は原作の空気感をとても大事にしながら、小説の世界を忠実に映像化してています。ただ原作の物語をトレースするだけでなく、映像でしか伝えられない描写も巧みに加えられていて、とてもよくできていました。

原作からの省略も実によくできていて、小説版よりも胸にこみあげる切なさが増しています。一夏の恋を経て青年が大人になっていく物語としてまとめ上げた脚色力は、間違いなくアカデミー賞に値するものだと思います。

劇中で流れるスフィアン・スティーブンスの『Mistery of Love』も、歌詞とメロディーが本作のロマンティックで切ない物語に見事にマッチしていました。

静かながらも確かに変わっていく、エリオとオリヴァーの関係。そして主人公の心の揺れ動き。何気ないシーンの美しさは、実に映画的魅力にあふれており、後世まで語られる映画になるのではないかと思わせるほどでした。

 

以下ネタバレあり

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映画『レッド・スパロー』と原作小説「レッド・スパロー」の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は、

映画レッド・スパローです。

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【あらすじ】

ボリショイバレエ団のトップダンサー・ドミニカは、公演中の事故で大怪我を負い、ダンサー生命を絶たれてしまう。体の弱い母の介護で苦しい生活を送るドミニカの前に、ロシア情報庁に務める叔父のワーニャが現れ、ある作戦に協力するよう申し出る。その作戦とは、同国の大富豪ウスチノフと2人きりになり、彼の携帯をすり替えるというものだった。ウスチノフを誘惑し、2人きりにしたドミニカだったが、ロシアの特殊工作局の殺し屋が彼女の前でウスチノフを殺害してしまう。国家機密を抱えたドミニカは、自分の身と母を守るために、叔父に協力せざるをおえなくなる。叔父の名によりスパイ養成学校に入れられたドミニカであったが、その学校はハニートラップ要員を養成する〈スパロー・スクール〉と呼ばれる場所であった…

 

【原作】

原作はジェイソン・マシューズの同名小説レッド・スパローです。  

レッド・スパロー(上)

レッド・スパロー(上)

 

 原作者のジェイソン・マシューズ氏は、元々CIAの捜査官だった方で、33年ものキャリアを積んだエリート局員だったそうです。

本作は作者の実際の経験や知見に基づいて物語が構成されているため、作中に登場する国家間の諜報戦は極めてリアルに描かれています。

登場するキャラクターはほぼほぼフィクションの人物ですが、劇中で行われる作戦や、スパイ活動は現実に行われるものを基にしています。実際、ロシアにはハニートラップ要員を育成するスパイの養成項目も本当にあっそうです。

 “ブラシ接触”や“カナリア・トラップ”といった聞き馴染みのない専門用語も多々出てくるので、リアル志向のスパイ小説としてとても面白いです。

作中に登場するFBIがやたら無能集団っぽく描かれていたり、プーチン大統領がかなりの悪漢として描かれていたりと、原作者の元CIAとしてのプライドやイデオロギーが見え隠れするのも面白いポイントです。

本作はドミニカの活躍を描いた3部作の第1作目にあたります。この作品の後に2作目の『Palace of Treason』3作目の『The Kremlin's Candidate』と続くので、今回の映画のヒット次第では、続編が制作されるかもしれません。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『コンスタンティン』や『アイ・アム・レジェンド』を手掛けたフランシス・ローレンス監督です。 

ハンガー・ゲーム2 [DVD]

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 ローレンス監督は『ハンガー・ゲーム2』から最終作の『ハンガー・ゲーム FINA レボリューション』までの3作に渡ってジェニファー・ローレンスとタッグを組んできた経験があるので、互いのことを知り尽くしたコンビです。ジェニファーがこの過激な役を演じられたのも、監督との信頼関係があったと言えるでしょう。ローレンス監督の作品の多くに共通するのが“孤立した中でも戦い続ける主人公”というテーマですが、本作もその監督の得意とする資質が存分に出ています。ローレンス監督の起用に合わせて、本作は撮影や編集、音楽などスタッフの殆どが『ハンガー・ゲーム』のチームでまとめられています。

脚本を担当したのは『レボリューショナリー・ロード』や『ローン・レンジャー』などを手掛けたジャスティン・ヘイスです。ヒューマンドラマから、サスペンス、アクションまで幅広く手掛けてきた敏腕脚本家が、長編小説を巧みな脚色でまとめ上げていました。

前述のとおり主演を務めたのは、ジェニファー・ローレンスです。アメリカ人女性がロシアの女スパイを演じるというかなりトリッキーなキャスティングでしたが、彼女のしっかりした役作りや体づくりによって、ほとんど違和感なく受け入れることができました。(ロシア人が英語で会話する違和感には目を伏せた上で)かなり大胆なシーンも多い役どころでしたが、出し惜しみなく演じていて、ドミニカ役は彼女しかいないと思えるほどでした。

 

私見

78点/100点満点中

長編小説の要素をとても上手く取捨選択しており、物語の再構成が良く出来ていて感心しました。削られた箇所は多々あれど、物語のテーマ自体は原作をきちんと踏襲していました。

原作からの大きく変えたラストの展開にもとても好感が持て、映画作品としての満足度はとても高かったです。

原作エピソードからのの省略は、基本的には上手く出来ているのですが、ある一点、省略による弊害が出ている気がしました。

 

 

 

 

以下ネタバレあり 

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