映画『あなた、そこにいてくれますか』と原作小説『時空を超えて』(ネタバレありの感想)
今回紹介する作品は、
映画『あなた、そこにいてくれますか』です。
【あらすじ】
優秀な小児科医のスヒョンは、30年前に亡くした恋人・ヨナの事を忘れられずにいた。ある時、医療ボランティアで訪れたカンボジアで赤ん坊を救ったスヒョンは、お礼として老人から10錠の錠剤が入った小瓶を受け取る。その錠剤を服用してみると、なんと彼は30年前の1985年にタイムスリップしていた。そこで若き日の自分に出会ったスヒョンは、片割れにヨナの死が近いことを伝えてしまう。若きスヒョンはヨナの死を回避しようよと奔走するが、現代を生きるスヒョンには別の女性とともに生んだ最愛の娘がいた…
【原作】
原作はフランス人作家ギヨーム・ミュッソさんの小説『時空を超えて』です。
小学館から出版されていた『時空を超えて』の文庫本は今は絶版となっているのですが、この度の映画の公開に合わせて『あなた、そこにいてくれますか』のタイトルで潮出版社から復刊しています。(映画版と同じタイトルですが映画のノベライズではなく、原作通りの内容です。)
原作者のギヨーム・ミュッソは元々高校教師だったのですが、処女作『Et,Apr`es…』で鮮烈なデビューを果たし、一気にベストセラー作家に上り詰めた人物です。
本作は彼が高速道路でガードレールに激突する交通事故を起こし、死というものを深く考えるようになったことがきっかけで生まれた作品でだそうです。
ミュッソ氏は自身の作品を映像化することにはとても慎重で、ヒット作を次々と発表するベストセラー作家であるにもかかわらずこれまで映画化された作品は『Et,Apr`es…』を原作にした『メッセージ そして、愛が残る』のみです。ミュッソ氏の眼鏡にかなったスタッフやキャストでないと映画化に至らないそうなので、本作はその段階をきちんとクリアした一流の製作陣によって作られた作品だと言えます。
【スタッフ・キャスト】
本作のメガホンを取ったのは、『キッチン〜3人のレシピ〜』や『結婚前夜〜マリッジブルー〜』などを手掛けたホン・ジヨン監督です。
ホン監督は『殺人の追憶』のポン・ジュノ監督や『八月のクリスマス』のホ・ジノ監督などを輩出した韓国映画アカデミーの14期卒業生で、夫は韓国版映画『アンティーク 西洋骨董洋菓子店』を手掛けたミン・ギュドン監督です。
女性ならではの細やかな視点で、ラブロマンス映画を中心に、安定した良作をコンスタントに撮っており、ヒット作を連発しています。
本作では監督の他に脚本・脚色も担当しています。
青年期のスヒョンを演じたのはピョン・ヨハンさん。ピョンさんは兵役中に原作本を読んでいたそうで、除隊後に演技を始め、しばらく経ってから本作出演のオファーを受けたそうです。思い入れのある作品だけあって、若きスヒョンの苦悩を繊細な演技で見事に演じ切っていました。
50代のスヒョンを演じたのはキム・ユンソクさん。映像化に慎重なギヨーム・ミュッソが映画化を許諾したのは『チェイサー』での彼の演技を見たからだそうで、この人無しでは映画化は成し得なかったといえます。ギヨーム氏の期待通り、成熟した演技で映画全体の空気感を作り出しており素晴らしかったです。
【私的評価】
85点/100点満点中
原作はフランス人作家がアメリカを舞台に書いた小説なのですが、舞台を韓国に移したことによる違和感をまるで感じさせず、原作へのリスペクトを込めながらしっかりと映像化されていました。
作中のタイムリープによる物語上の矛盾も少々あるものの、人間ドラマとサスペンスを見事に合わせた巧みな構成になっていました。
以下ネタバレあり
【原作との比較】
なんと言っても原作からの大きな改変点は、アメリカだった舞台が韓国に切り替わっている点でしょう。
フロリダとサンフランシスコ間の遠距離恋愛はソウルと釜山間に変わっており、原作で描写されていたアメリカのセブンティーズ文化や音楽も韓国の80年代カルチャーに改変されています。
しかし、舞台を変更したことによる弊害はほぼなく、欧米を舞台にした物語を韓国的な情緒や世情に合わせたストーリーに見事に落とし込んでいました。
舞台は異なるものの原作の物語の根幹はしっかり押さえており、ストーリーは小説にかなり忠実に作られています。
メインストーリーは原作に極めて忠実に作られていますが、原作から端折られたエピソードも少しあります。
原作には主人公とヒロイン、そして主人公の親友が出会うきっかけになったある大事故が回想として描かれているのですが、そういった過去は映画版では描かれていません。
また、原作には主人公の過去を知るモールデンという刑事が登場していたのですが、映画版には登場せず、親友のテホ(原作だとマットという名)に警官という設定が加わっています。
【原作からの改良点】
原作と映画版では、ヒロインのヨナ(原作ではイレナという名)のキャラクター性が少々異なっており、映画版の方がヒロインの精神的な強さが引き立っています。
ヒロインの立ち振る舞いが大きく異なるのは、主人公から別れを切り出された後の展開です。小説版では、彼を失い傷心したヒロインがゴールデンゲートブリッジからの飛び降り自殺を図り、病院に運ばれます。対して、映画版のヒロインは主人公の事を諦めず健気に待ち続け、その結果不慮の事故に遭ってしまいます。
この改変により、彼女の強さと優しさが際立ち、原作で感じていた「このヒロインが彼なしで30年間生き続けるのは無理があるんじゃないか?」というモヤモヤも解消されました。
また、若きスヒョンがヒロインとよりを戻そうとしたことによって、現代のスヒョンの娘が消えてしまうという描写も映画オリジナルで加わっており、娘が居なくなる絶望感を画としてきちんと見せてくれていました。
【本作の不満点】
タイムリープを描いた作品は大なり小なり物語に矛盾を抱えてしまうものなので、どうしても避けられない事なのですが、本作でも過去を変えたことによるタイムパラドックスの矛盾が発生しています。
矛盾点自体は原作と同じものなので、映画の製作陣をそこまで責められないのですが、映画オリジナルのエピソードが加わったことによりモヤモヤする部分がありました。
病魔に蝕まれ衰弱したスヒョンが、川べりに座って娘と語らうシーンが映画オリジナルで加えられています。このシーン自体は父と娘の絆が分かる素晴らしいシーンで、娘の「パパが私のパパでよかったよ」と言うセリフに涙を禁じ得ないのですが、その後テホが過去を変えたことによりスヒョンの病気が避けられたことになると、親娘のこのやり取りは新しい世界線では無かったことになるのかと思い、なんだかもやっとしました。
【ヨナの残影】
スヒョンはヨナが亡くなってから30年経った今でも彼女のことを忘れられずにいます。薬の力で30年前にタイムスリップしたスヒョンは、イルカの調教師としてショーをするヨナの姿を目の当たりにします。その瞬間、周囲の客は存在は消え、時は止まり、スヒョンの目にはヨナしか映らなくなります。
悲劇的な別れになってしまったからこそ、ヨナとの良き思い出が呪いとなっていたスヒョンにとって、再び会いたいという願いが成就したそのひと時は、心のしこりが少しだけ取れた瞬間なのです。
スヒョンの人生の転機は、必ず水辺の近くや雨の日に起こります。監督が「ヨナとの思い出がある人にとっては水は特別な意味を持っています」と語っている通り、本作において〈水〉はヨナの象徴するものです。
ヨナがいない世界でも、スヒョンの近くにはいつも水があり、それこそが彼の心の片隅にあるスヒョンへの思いの投影なのです。
【あなたに今を生きていて欲しい】
本作のタイトルである『あなた、そこにいてくれますか(英題 Will You Be There?)』は、ヨナを生かす為に奔走するスヒョンの、彼女に現代を生きていて欲しいという願いを表したものです。
またテホがスヒョンにタバコをやめさせ彼を救うのも、大親友にそこ(現代)にいて欲しいという、スヒョンと同じ思いからです。
本作に登場するキャラクターたちは皆、愛する人と寄り添っていたいという思いを抱えています。ですが現実はその思いに反し、彼らに過酷な運命を与えます。
主人公たちは、過去に戻ることで残酷な運命と立ち向かい、今を切り開こうともがきます。
その姿は、現代を生きる私たちに、今おこした行動で未来を変えられる事を教えてくれるのです。