雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『怪物はささやく』と原作小説『怪物はささやく』(ネタバレあり)

 今回紹介する作品は

映画怪物はささやくです。

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【あらすじ】

難病を抱える母とイギリスの片田舎で暮らす少年・コナー。日に日に母親の病状が悪くなる中、ある日の真夜中12時7分、丘の上の巨木が怪物へと姿を変えコナーの前に現れた。怪物はコナーに対し「これからお前に3つの物語を聞かせる。その後お前が4つ目の話をするのだ」と迫った。コナーは怪物の話を聞き入れようとしなかったが、怪物は1つ目の物語を話し始めるのだった…

【原作】

原作はシヴォーン・ダウド原案、パトリック・ネス著の同名小説『怪物はささやく』です。

怪物はささやく

怪物はささやく

 

 本作は2012年に児童文学に対して贈られる権威ある賞「カーネギー賞」を受賞した作品です。

原案者のシヴォーン・ダウドは2007年に癌により夭逝した作家で、死後に刊行された『ボグ・チャイルド』という作品でもカーネギー賞を受賞しています。

著者であるパトリック・ネスは、ヤングアダルト向けの小説を多く発表している作家で、彼も『人という怪物』という作品でカーネギー賞の受賞経験があります。

本作はダウドが生前に残していたメモを元にネスがストーリーを膨らませ、物語を紡いでいった作品です。この2人には面識はなかったそうですが、ネスはダウドに精一杯の敬意を込めて作品を完成させています。そのため、本作の主人公の母のキャラクターはどこかダウドが投影されているようでもあります。

原作の作中に挿入される挿絵もとても特徴的です。モノクロで描かれた印象的なグラフィックは、映画版にも生かされています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは、J.A.バヨナ監督です。

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 バヨナ監督は『永遠のこどもたち』や『インポッシブル』など、母性を描いた物語を得意とする監督です。本作でも母性を物語る描写がありますが、過去作とは違い息子目線でそれが描かれています。

主人公のコナーを演じたのは1000人以上のオーディションから選ばれたルイス・マクドゥーガルくん。ルイス君は映画『PAN』で主人公の友人・ニブスを演じていましたが、主演を務めるのは本作が初となります。大人と子供の狭間で揺れ動く少年の機微を素晴らしい演技で見せてくれました。

怪物役は名優リーアム・ニーソンが務めており、自身初となるモーションキャプチャによる演技で、恐ろしさと優しさを兼ね備えた怪物を好演していました。

難病に犯される母を演じたのは、こちらも名女優フェリシティ・ジョーンズ、徐々に衰弱していく母を見事に体現し、主人公の不安に観客も同調できる名演でした。

 

【私的評価】

88点/100点満点中

原作のテーマを的確に抽出し、映画版オリジナルの要素を加えることによってそのテーマをより深淵なものにしていました。

グラフィックノベルである原作を忠実に映像化しており、ビジュアル面においても高い満足度が得られます。

ただ、原作に登場したあるキャラクターが、映画版では登場せずある感動的な展開が丸々なくなっていたところが少々残念でした。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレあり 

 

 

 

 

【原作との比較】

映画版はストーリーやビジュアルなど、原作をかなり忠実に映像化しています。

原作のストーリーの大筋はなぞっていますが、映画版にもオリジナルで加えられたシーンと原作から端折られたシーンがいくつかあります。

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原作に登場していたコナーの幼馴染のリリーという少女が映画版では登場しません。

リリーのエピソードを省いた代わりに、コナーと母との物語が原作より前景化しており、バヨナ監督の得意とする母性の物語が色濃く描かれています。また、原作で描かれなかったコナーの父と母が別れた理由なども映画版では描かれています。

映画版は原作のその後も描いており、コナーの前に怪物が現れた理由が明らかになっています。

 

【原作からの改良点】

映画版は原作よりも物語の不条理性を前面に出しています

その一例がコナーが母親と『キング・コング(1933年版)』を鑑賞するシーンです。エンパイア・ステート・ビルの上で戦闘機と戦うコングを観ながら、コナーは「コングは無敵だ。人間なんか八つ裂きさ」と勧善懲悪的ハッピーエンドを期待しますが、物語は彼の思うようには進まず、最終的にコングはビルから撃ち落とされてしまいます。その光景を見たコナーは呆然とし、ハッピーエンドとは限らない物語の凶暴性を初めて目の当たりにします。

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 コナーの父が離婚の理由を語る展開にも世の不条理さがよく表れています。愛する我が子がありながら夢を追うために別れを選択した父から、コナーは一筋縄ではいかない人間の複雑さを教わります。

このような原作から付け加えられた要素が、オリジナル版のテーマをより深く掘り下げていてとても良かったです。

後述しますが、映画オリジナルのラストシーンも素晴らしいエンディングに仕上がっていました。

 

【本作の不満点】

原作に登場していたリリーというキャラクターは、学校で孤立するコナーにとってとても重要な存在なのですが映画版にはほぼ登場しません。

リリーはコナーの幼馴染なのですが、コナーの母親が病気であることをクラスメイトに吹聴してしまったために、周りが彼にに気を使うようになり、コナーを孤立させてしまった張本人です。

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  いじめっ子のハリーに対して乱暴を振るい、周囲から更に腫れもの扱いされるようになってしまったコナーに救いの手を差し伸べるのもリリーです。クラスメイトから距離を置かれるようになったコナーにリリーは、「お母さんのことをみんなにしゃべってごめん」という謝罪と「あたしはちゃんと見てるよ」という文言が綴られた手紙を渡します。それは、周りから透明人間のように扱われていたコナーにとってとても大きな救いでした。

映画版ではこのエピソードが丸々カットされているので、学内でのコナーの居場所がないまま終わってしまい少々残念でした。

  

【3つの物語】

 怪物はコナーに3つの物語を話します。一つ目は「善良さと邪悪さをもった女王と、卑劣な手段で王座を奪取し国を平和に治めた王子の話」二つ目は「強欲だが人を救うための薬を作り続けていたアポセカリー(薬剤師)と、娘を愛しながらアポセカリーを邪険に扱った司祭の話」そして3つ目は「誰からも見えなかった男が自身の存在を示すために怪物を呼び出したことでより孤独が深まってしまう話」

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この3つの物語はいずれもハッピーエンドではなく、コナーが思い描いた結末にはなりません。怪物は3つの話を用いて物語の凶暴性をコナーに説きます。

3つの物語に共通しているのはいずれの登場人物も矛盾した感情を持ち合わせていることです。

 この人間を人間たらしめる複雑な感情こそが、コナーが話す4つめの物語に深く関わってきます。

 

【4つ目の物語】

 怪物に4つ目の物語を語るように迫られたコナーはそれを拒否しますが、そんな彼の前にいつも見る悪夢が再来します。

コナーは崖から落ちそうになった母親を必死に救おうとしますが、辛さに耐え切れず母の手を離してしまい崖下へと落としてしまいます。

それは、衰弱する母を見続ける苦しみや学校で孤独に耐える苦しみから逃げ出したいと思い、心の片隅で全てが終わってしまえばいいと考えてしまったコナーの心理の具現化でした。

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 コナーは、母に死なないでほしいという思いと、苦しみから抜け出すために全てを終わりにしてほしいという矛盾した2つの思いを抱えていました。

怪物はそんなコナーを責めようとはせず「人間とは実に複雑な生き物だ」と彼の抱える2つの感情のどちらも肯定します。

そうしてコナーは矛盾した感情に立ち向かうために真実を語ることを学びます。母のいる病室に戻ったコナーは、今まで目を背けてきた残酷な事実と向き合い「いっちゃだめだよ」と母親に思いの丈をぶつけます。

母がコナーに対して「怒っていいのよ」と言った言葉の通り、今まで現実を見まいとして自分の感情を抑えてきたコナーが、ようやく自分の真実の言葉を吐き出せた瞬間でした。

 

【怪物の正体】 

映画版には、コナーが絵を描くことが好きだという原作にはない要素が付け加えられています。この設定がラストシーンで大きな意味を持ちます。

物語の中盤、母とコナーが二人でお絵描きをして遊ぶ過去の映像をおばあちゃんが眺めるシーンがあり、コナーが絵を好きになったのは母からの影響であったことが分かります。そこで落書きされていたのがコナーの前に現れたあの怪物でした。

怪物が母と子を繋ぐ存在になっている原作にはない素晴らしいアレンジが加えられていました。

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そして物語のラスト、家に帰ったコナーはおばあちゃんから鍵を渡され、自分の部屋を譲ってもらいます。その部屋は母が若いころに使っていた子供部屋でした。そこでコナーはあるスケッチブックを見つけます。そのスケッチブックには、3つの物語に登場した女王や王子、アポセカリーなどに加え、最後のページには怪物と戯れる幼き母が描かれており、母が怪物の存在を知っていた(出会っていた)ことが明らかになります。

コナーの前に現れた怪物は、苦悩するコナーの前に母が使わせた救済者であり、彼の魂を救うための母の愛が形となって表れた存在だったのかもしれません。