雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『ダブルミンツ』と原作漫画『ダブルミンツ』(ネタバレあり)

 

今回紹介する作品は

映画ダブルミンツです。

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【あらすじ】

 ある夜、壱河光夫(ミツオ)のもとに「すぐにこっちに来い、女を殺した」という電話がかかった。声の主は高校時代にミツオをいじめていた同姓同名のクラスメイト市川光央(みつお)だった。みつおは酔った勢いで女を殴り殺してしまい、死体をトランクに詰めていた。二人は山中に死体を埋めに行き共犯関係となり、かつての主従関係が特殊な形で芽生えていく…

 

 

【原作】

原作は中村明日美子先生の同名漫画『ダブルミンツ』です。

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

ダブルミンツ (EDGE COMIX)

 

中村明日美子先生の映画化作品は昨年公開されたアニメ映画『同級生』以来2作目になります。

本作は雑誌「メロメロ」で2007年から2008年まで連載されていた全5話のボーイズラブ漫画です。(単行本には後日談を描いた「雨」という短編も加えられています)

  2010年の「このBLがやばい!」において第2位に選ばれている世評も高い作品なのですが、バイオレンス性が高いため、見る人を選ぶ部分があるかもしれません。

中村先生は「女の死体を積んで深夜のドライブに出る」という冒頭部分のアイデアから話を膨らませていったそうで、全編ダークなピカレスクロマンに仕上がっています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『下衆の愛』や『グレイトフルデッド』などを手掛けた内田英治監督です。

下衆の愛DVD

下衆の愛DVD

 

 内田監督の映画の主人公は、業が深くどうしようもない奴ばかりなのですが、そのどうしようもなさの中に人間味を感じさせるのが上手い監督です。本作の主人公もどうしようもない奴らなので監督の資質にぴったりでした。

壱河光夫(ミツオ)を演じたのは渕上泰史さん。渕上さんの演じるミツオは、原作のミツオよりも冷淡な雰囲気で、ミステリアスさが強まっていました。感情を露わにし過ぎない演技で、漫画のキャラクターを映画の世界に上手に落とし込んでいました。

 市川光央(みつお)を演じたのは男性ユニットBOYS AND MENのメンバー田中俊介さん。田中さんは原作のみつおを見た目的にも内面的にも体現していて、見ていて痛々しいほど体を張った演技をしてます。自分は本作で初めて田中さんを知ったのですが、アイドルらしい輝きもありながら影の部分も持ち合わせている稀有な存在だと思うので、これからどんどん役者として活躍していって欲しいです。

 作中で流れる劇伴には、細井唯さんが演奏するチェロをベースにした音楽が使われており、シリアスな雰囲気を一層引き締めてくれていました。

 

 

 【私的評価】

85点/100点満点中

 原作の空気感を崩さずしっかり映像化しており、ストーリーも大きな改変を加えていないためかなり誠実に作っている印象を受けました。

原作同様ボーイズラブの要素もしっかり取り入れていますが、コミック版と比べるとクライムサスペンスの風合いを強く出したアプローチがされており、人間ドラマとしても楽しめるので、BLに抵抗がないのであれば是非見てほしいです。(バイオレンスが苦手な人は避けたほうがいいかも…)

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

【原作との比較】

映画版は原作をかなり忠実に映像化しています。

映画版もコミック版と同じくボーイズラブをベースにしていますが、性愛描写は原作より控えめにし、一方でバイオレンス性を高めヒューマンドラマの色を濃くしています。

トーリーの大筋は原作通りに進んでいきますが、細かい部分でカットされたシーンと付け加えられたシーンがあります。

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原作にあった濃厚な性交シーンは、映画版ではあっさりめに描かれています。(原作通りに濡れ場を描くと絶対成人指定になってしまう…)

映画オリジナルの部分としては、原作で描かれなかった黒みつおのヤクザ事務所襲撃シーンや、みつおのボス佐伯が凶悪性を表す病院でのシーンなどが加わっています。

 

【原作からの改良点】

 光央(以下、黒みつお)と光夫(以下、白ミツオ)の学生時代を描いたシークエンスで、黒みつおが白ミツオの彼女を寝取るシーンがありますが、原作では黒みつおが白ミツオの居ないところで彼女を寝取ったのに対し、映画版では黒みつおが白ミツオを家に呼び出し、彼女と行為に及ぶところを直接見せつけます。

直接彼女を寝取るところを見せつけることで、絶対的な上下関係の顕示を強めており、白ミツオが黒みつおの残像を確かめるように彼女を抱くシーンにより説得力が生まれていました。

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原作では描かれなかった、黒みつおが敵対するヤクザ事務所を銃撃するシーンも良かったです。銃撃シーンには任侠映画へのリスペクトが込められており、その後の逃亡シーンもサスペンス性を高めていて、映画的な盛り上がりをきちんと作っていました。

 

【本作の不満点】

映画版オリジナルのシーンとして、ヤクザの組長・佐伯が、敵対する組に情報を漏らした組員を病院の窓から放り投げ、部下に罪を擦り付けるシーンがあります。このシーン自体は佐伯の残忍性を現した場面として良いと思うのですが、ここで下っ端を使い捨てる非情さを見せている分、物語のラストに黒みつおの国外逃亡の手助けをするのが、非情だった佐伯のキャラクター性にブレが生じてているように感じました。(黒みつおのことが好きだったのでしょうか?)

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 原作のセックス描写は、規制の関係かあるいは一般受けを狙ってか、映画版では詳細に描かれません。そのため原作にはあった、二人の主従関係を顕にしたり、愛を確かめ合ったりする性交中のセリフもいくつか無くなっており少々残念でした。

 

【狂信的愛憎】

  白ミツオは山中に埋めた女を助け出し、黒みつおの知らないところで関係を築いていました。それは黒みつおの弱みを握るのと同時に、彼の気を引くための行為でした。

事実を知った黒みつおにボコボコにされた白ミツオは「あんたが悪い」と黒みつおに対して訴えます。そのセリフには黒みつおを狂うほど愛してしまった白ミツオの思いが込められています。

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映画オリジナルで加えられている2人がベッドで横になるショットは、ミケランジェロの絵画「アダムの創造」を彷彿とさせる構図になっています。その絵には神がアダムに命を吹き込む様子が描かれています。これにより、白ミツオ(アダム)にとって黒ミツオは生きる意味を与える神的な存在であることが示されています。

 また、ヤクザの組長・佐伯から貰った黒みつおの"断髪式"のDVDを見ながら、白ミツオが桃を頬張るシーンがあります。桃から滴る汁で、行われている行為の生々しさを表現しているのに加え、桃の花言葉「私はあなたのとりこ」なので、白ミツオの黒みつおに対しての狂気的な情愛も表現しています。

 

【アンドロギュノス】

 プラトンの対話篇『饗宴』の中でアリストパネスは人類の始祖について、頭が2つで手足が4つあり二人の人間が背中合わせでくっついた形のものであったと語っています。その男と女(あるいは男と男、女と女)の体が1つになった存在をアンドロギュノスといいます。アンドロギュノスは神に対して反抗的だったために、ゼウスの怒りを買い、体を2つに割かれます。2つに割かれた体はお互いの片割れを追い求め合っているそうです。

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白ミツオは黒みつおに対して「俺とみつおくんは同じ1つの身体だったんだ」と語ります。

同じ名前であるという共通項以上の精神的繋がりを持つ2人は、主従関係にありながらも人を愛する痛みを知る似た者同士でもあります。

二人は自分の欠落した何かを埋めるために、片割れを求め続けるアンドロギュノスのような存在なのです。

 

【俺と死ねるか?】

 裏社会から抜け出すことを決めた黒みつおは、ケジメをつけるための最後の仕事として、敵対する組を襲撃をします。

敵のヤクザ事務所を襲った黒みつおはその場から逃げますが、刑事・中岡に追い詰められ、中岡を撃ち殺してしまいます。

刑事を殺してしまうという映画オリジナルの展開により、黒みつおの業がより深まり、そんな黒みつおを追いかける白ミツオの情念の深さも強まっていました。

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殺人に手を染めてしまった黒みつおは佐伯の手助けを受け、1人で朝鮮への逃亡を図ろうとしますが、白ミツオが後を追いかけ波止場に現れます。白ミツオは自分の顔を切りつけ、自身を堅気に戻れない体にします。

そうして2人は逃避行に出ることになるのですが、最後に黒みつおは白ミツオに対して「俺と死ねるか?」と訊ねます。(原作ではこの問いに対し白ミツオが涙しながら「うん」と答えるのですが、映画版の白ミツオは無言のままという引き算の演出がなされています)

 「俺と死ねるか?」という言葉は「死ぬまで一緒にいてくれ」という意味でもあります。欠落したものを抱える二人の男の慕情が、様々な苦難を経てようやく身を結んだのでした。