雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『忍びの国』と原作小説『忍びの国』(ネタバレあり)

 今回紹介する作品は、

映画忍びの国です。

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【あらすじ】

時は戦国。織田信長が天下統一のために次々と諸国を支配する中、唯一攻め込むのをためらった国があった。それは、“虎狼の族”と恐れられる忍び達が棲む国・伊賀である。信長の息子・信雄は伊賀の隣国伊勢を支配下におき、伊賀への侵攻も時間の問題となっていた。

そんな中、伊賀随一の忍者・無門は、妻の尻に敷かれ、地侍に雇われながら細々と暮らしていた。ある日、無門は地侍同士の小競り合いに駆り出され、下山次郎兵衛を決闘の末に殺してしまう。次郎兵衛の兄・平兵衛は伊賀の忍者たちに対し怒り心頭に発し、信雄に伊賀への侵攻を直訴するのであった…

 

【原作】

原作は和田竜さんの同名小説『忍びの国』です。

忍びの国 (新潮文庫)

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和田竜さんの著書の映画化は『のぼうの城』以来2作目になります。

本作は実際に起こった合戦「天正伊賀の乱」をベースに描かれた史実小説です。

主人公の無門は架空の人物ですが、日置大膳や下山甲斐守(平兵衛)などは実在した人物で、実際の歴史の流れに沿って物語が組み立てられています。

天正伊賀の乱にまつわる文献はかなり少なく苦労したそうですが、当時の書物を参考にしながら史実から逸脱しすぎないように物語を上手に膨らませています。(伊勢・伊賀の国の実態については『伊乱記』、忍者の実態については『正忍記』からの引用が多く見られます)

ちなみに、和田竜さんは脚本家としても活動しており、本作の脚本も務めています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『アヒルと鴨のコインロッカー』や『殿、利息でござる』などを手掛けた中村義洋監督です。

殿、利息でござる! [Blu-ray]

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 中村監督と大野さんのタッグは『映画 怪物くん』以来2度目となります。

 『怪物くん』の時は元々あったドラマ版の映画化として監督を任されたのに対し、本作は原作に惚れ込んだ中村監督が自ら出版社に直談判し映画化権を獲得したそうで熱量の高さが伺えます。

主人公・無門を演じたのは人気アイドルグループ・嵐のリーダー大野智さん。

元々ダンスが上手いという印象は持っていましたが、ここまでアクションが映える俊敏な動きが出来るとは思っておらず、度肝を抜かれました。 普段はゆるーい感じなのに、いざという時はずば抜けた能力を発揮するキャラクター性が大野さんとぴったり合っており、これ以上にない適役でした。

 また、本作の衣装デザインには『座頭市』や『清須会議』などと手掛けた黒澤和子さん(黒澤明監督の長女)が携わっており、映画の華やかさを引き立てています。

 

 【私的評価】

73点/100点満点中

 中村監督が自ら出版社に掛け合い映画化権を獲得しただけあって、原作への経緯がしっかり込められており、誠実に作られている印象を受けました。

アクションシーンではパルクールなどを取り入れたアクロバティックな動きを多用し、忍者が戦うという設定にしっかりと説得力を持たせていました。

ただ、原作にあった痛快なシーンが一か所削られており、そこが残念でした。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

【原作との比較】

映画版は小説版のストーリーきちんとなぞらえてえて作られており、原作からの多少の省略や時系列の前後はあるものの、非常に忠実に映像化されていると言っていいと思います。(史実ものなので物語の大幅な改変ができないのは当然ですが…)

物語のみならずアクションシーンも原作にかなり寄せており、大木ごと人を真っ二つにするシーンや無門の刀を日置大膳が掌で受け止めるシーンなど、戦い様まで小説の表現どおりに映像化されており、原作へのリスペクトを感じました。

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原作に登場した柘植三郎左衛門(信雄の家臣で、かつては十二家評定衆だった元忍び)や鉄(鍛冶屋の少年、物語のラストに無門が伊賀から救い出す子供)信長らは映画版では登場しません。代わりに“ねずみ”という幼い少年が映画オリジナルで登場し、無門の幼い頃を投影するキャラクターになっています。

 

【原作からの改良点】

物語の中盤、織田軍が伊賀の領内に丸山城を建設する展開があります。このシークエンスは原作では、伊賀側の企みによって意図的に織田軍に丸山城の建設を許諾したことが読者にに対し早い段階で明かされるのですが、映画版では伊賀側の手の内は隠しており、丸山城の爆破シーンで初めて伊賀の企みが明らかになります。

そのため、見ている観客側も織田軍や無門と同じ驚きが味わえる作りになっており、巧みなシナリオ構成でした。

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無門の女房・お国は、原作ではお金にがめついばかりで(武士の矜持を大事にする一面はあるものの)あまり好きになれないキャラクターなのですが、映画版では、忍者になるための容赦ない特訓を耐える子供を庇ってあげる優しさを持つヒロインになっています。これにより無門がお国に惚れている理由が明確になり、物語ラストに無門が人間らしさを取り戻す動機付けにもなっています。

また、アクションシーンの見せ方も面白く、限られた狭小の範囲内で戦う決闘シーンや、キングスマンのようなノーカット風の戦闘シーンなど、見せ場も多く単調にならないように工夫した見せ方になっていました。

 

【本作の不満点】

 原作には、お国が日置大膳に斬り捨てられそうになったところを無門が救い、お国が無門の忍びとしての実力を初めて目の当たりにするシーンがあるのですが、映画版ではそれがカットされています。普段は女房の尻に敷かれている無門が「伊賀一の忍び」であることを身をもって証明するカタルシスに溢れるシーンなのですが、映画版ではそれが描かれないため消化不良な感じがしました。

パンフレットによると、お国が日置大膳と対峙するシーンは撮っていたそうですが、編集でカットしたとのことだったので、もしかしたらカットされたシーンに無門がお国の前で活躍する展開もあったのかもしれません。

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 また、本作のアクションシーンはパルクールやカリなどを取り入れた俊敏なアクションが多く、生身の人間が魅せるキレッキレの動きに驚かされるのですが、その分ワイヤーやCGを使ったシーンでは荒唐無稽さを感じ少し冷めてしまいました。ワイヤーやCGを使うこと自体は構わないのですが、もう少し物理法則を大事にしながら見せて欲しかったです。

あと、照明が過剰過ぎるせいか城の中庭や二の丸などの美術にセット感を感じてしまったのももったいない気がしました。

 

【虎狼の族】

戦国時代の伊賀は大名が支配するのではなく、小国をもつ地侍たちによって統治されていた国だったそうで、伊賀の忍びたちはそのほとんどが地侍の下人として生計を立てていたそうです。

幼い頃から忍びとしての特訓を受け、敵を討つことこそが正義と教えられてきた伊賀の人間は、人を人とも思わない“虎狼の族(ころうのやから)”と称されるほどでした。

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 伊賀の忍びたちの行動理念は、情や義ではなく目先の金のことばかりです。地侍同士の小競り合いが起き、仲間や同郷の忍びが死んで行っても、感傷に浸ることはなく駄賃をくれる地侍に従い続けます。江戸時代に編纂された書物によると、実際に伊賀の小国内には66人もの地侍がひしめき合っていたそうで、地侍たちは大名や守護が統治しないのをいいことに、他の地侍を倒そうと喧嘩刃傷沙汰を起こしていたそうです。

主人公・無門も多分に漏れず銭にがめつい忍びでしたが、彼が稼ぐ理由は他の忍びと違い、女房のお国を喜ばせるための彼なりの不器用な手段でした。それこそがラストに無門が人間性を取り戻す手掛かりにもなるのです。

 

【川】

 本作では忍者同士の一対一の勝負に“川”という決闘手段が用いられます。原作ではラストの平兵衛戦でのみ描かれた“川”の決闘シーンが、映画版では次郎兵衛との戦いでも用いられ、下山兄弟の戦いの顛末を対照的に描いていました

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伊賀の忍びに対しての強い怒りを持つ平兵衛は、故郷を裏切り織田軍の元で戦ったものの最終的に無門との“川”での決闘に敗れ、命を落とします。親や故郷に裏切られた平兵衛に、無門は初めて同情を抱き、日置大膳に対し「こいつを伊勢の地に葬ってやってくれないか」と申し出ます。それは伊賀者が人間ではないと悟った平兵衛を、伊賀の外で人間らしく葬ってやりたいという無門の人としての思いでした。そして、信雄の妻のように自分の信念を曲げずに死んだ平兵衛を見て、無門は人が死ぬということの重たさに心を揺さぶられるのでした。

 

【無門という人間】

 この度の戦が十二家評定衆によって仕組まれたものだと平兵衛から知らされた無門は、十二家評定衆に怒りをぶつけます(映画版では戦の中でお国が危険にさらされるシーンが無いので、無門が憤る理由に少々説得力が欠けるのですが)。十二家評定衆に殴り込みにきた無門に対し地侍たちは逆上し、無門を殺すように下人たちにけしかけます。その様子を見たお国は、無門を庇うために一万両する小茄子を質に取り、忍びたちを止めようとします。しかしそれが仇となり、お国は毒を塗った吹き矢で忍びたちに殺されてしまいます。

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 お国は今際の際に無門の本当の名前を訪ねますが、幼い頃他国から伊賀の百地家に買われ、忍びとして育てられた無門は本当の名前など持っておらず、答えることができませんでした。彼に与えられた“無門”という名は人としての名前ではなく、人殺しの道具としての名前だったのです。お国が「可哀そうに」と囁きこと切れた瞬間、無門は殺人者として育てられた自分の生い立ちと初めて向き合い、伊賀の者たちに対して、平兵衛と同じように「おのれらは人間ではない」と呟き伊賀から去るのでした。

その後、多勢を引き連れ再度攻め込んできた織田軍に伊賀は破れついに滅びてしまいます。その戦火の中、無門は一人の男の子を伊賀から連れ出します。それは過酷な特訓を受けていたところをお国が庇った少年“ねずみ”でした。自分と同じ境遇を辿らせないために無門は少年を救い出したのです。

日置大膳の言うように忍びの血は絶えることなく、無門らの血も現代まで引き継がれているのかもしれません。