雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『三月のライオン 前編』と原作漫画『三月のライオン』(ネタバレあり)

今回紹介する作品は

映画『三月のライオン』です。

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【あらすじ】

幼い頃に交通事故で両親と妹を亡くし、父の友人である棋士・幸田に引き取られた桐山零。深い孤独を抱えながらすがりつくように将棋を指し続けてきた零は、中学生でプロ棋士の道を歩みはじめる。しかしある事情から幸田家での居場所を失い、東京の下町でひとり寂しく暮らしていた。そんなある日、和菓子屋を営む川本家の三姉妹と知り合った零は、彼女たちとの賑やかで温かい食卓に自分の居場所を見出していく。

(映画.com様より抜粋)

 

 【原作】

 原作は羽海野チカさんの同名漫画「三月のライオン」です。

 最近までアニメ版も放映されていましたが、アニメ版は未見です。

原作は現在12巻までが刊行されており、映画版「三月のライオン 前編」はだいたい原作の6巻までが絵描かれています。

 

羽海野チカ作品の実写映画化は「ハチミツとクローバー」以来2作目となります。

 

個人的に羽海野チカさんは「愛されることに対しての不安と幸福感」を描くのが上手い作家だと思います。

その描写は今回の映画版でもよく出ていました。

 

 

【スタッフ・キャスト】 

本作でメガホンを取ったのは漫画の映像化作品を数多く手掛けてきた大友啓史監督です。

るろうに剣心

るろうに剣心

 

 「るろうに剣心」や「ミュージアム」で漫画の実写化を手掛け、「龍馬伝」「ちゅらさん」などでヒューマンドラマの演出を務めた大友監督の資質に「三月のライオン」は良く合っていたと思います。

 

大友監督との共同脚本は、自主制作映画「かしこい狗は吠えずに笑う」を監督し、ぴあフィルムフェスティバルの観客賞とエンタテイメント賞を獲得した経験のある渡辺亮平さんと、「相棒」や「鈴木先生」などTVドラマシリーズを数多く手掛けてきた岩下悠子さんが務めています。

 

また、映画版の将棋監修はコミック版と同じく先崎学九段が担当しています。

 

主人公・桐山零を演じるのは神木隆之介さん。

コミック版の零が現実に存在しているかのように見事にキャラクターを体現していました。

その他のキャストの方々も個性的なキャラクターを好演していて、見てくれだけでなく雰囲気もぴったりあったキャスティングだったと思います。

 

【私的評価】

85点/100点満点中

時系列を入れ替えてはいるものの概ね原作に忠実に作られており、原作の根幹にあったテーマもしっかりと描かれていました。

原作からの取捨選択もよくできており 、原作未読の方にも見やすい作りになっていたと思います。

細かな 表情や仕種によるキャラクターの心情表現が多く見られ、実写化する意義を感じました。

 

一方でコメディ要素等を端折ったことによる物足りなさも少し感じました。

 

 

 

 

以下ネタバレあり 

 

 

 

 

 

【原作との比較】

原作に出てくるエピソードやキャラクターにから大きな改変はなされていませんが、映画版では原作に出てくるのエピソードの時系列が多少入れ替えられています。

原作では回想として語られる零の家族の葬儀での話が冒頭に来ていたり、零の新人王戦のエピソードが島田対宗谷戦の前に描かれたりしており、話の流れに改変が加えられています。流れは変わっているものの、特にストーリーに無理が出ているわけではないのであまり気にはなりませんでした。

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 原作を映画化するにあたって、C級1組からの降級がかかった65歳の棋士松永さんのエピソードや、二階堂が将棋初心者に将棋のルールを説明するエピソードなどは省かれていました。(後編で出てくる可能性もあるけど)

こういったエピソードを削いでも、前編だけで2時間18分という長尺の映画になっているので、原作の物語をなるべく削りたくなかった制作者の思いが垣間見えます。

 

【原作からの改良点】

 映画版は原作に比べ登場人物たちの心の声やモノローグを極力削っています。心情をセリフで説明しないことで、キャラクターに深みが増していました

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特に島田八段と後藤九段の対局は、原作にあった会話シーンを削いで、相手と盤面を睨みつける演出で熱量の高い対決を見せており、よりバチバチ感が強くなっていました

対局中に心情セリフが出てくる場面もあるのですが、将棋に詳しくない人にも分かりやすく状況を教えてくれるもので、必要以上の説明台詞はなかったと思います。

 

【 本作の不満点】

原作の登場人物から大きく改変されているキャラクターはあまりいないのですが、映画版でのスミス先輩と一砂先輩の描かれ方はあまりよろしくありませんでした。

零は先輩から酒を飲まされ、ほっぽらかしにされ酔いつぶれているところをあかりに救われるのですが、映画版では酔った零を放ったらかしにする先輩がスミスと一砂になっています。

映画版のスミス先輩はスナックのママに対して、零の心苦しい心情や家庭事情などをベラベラと喋ります。コミック版では後輩思いだった先輩が、なんだかデリカシーのない人間になっていました。

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映画版では原作にあったコメディ要素を多々削っており、コミック版の魅力でもあったシリアスに偏りかけたところで愉快なコメディ展開を加える緩急のついた演出が少なくなっていたように感じました。

 

【愛されることへの不安と幸福感】

零は義理の姉弟からは疎まれ育ての親である幸田にも気を使いながら生きてきたため、家庭の温かみや他社からの愛をほとんど知らずに育ってきました。

道で倒れたところをあかりに介抱してもらい、家に温かく招き入れてくれた川本家に対して零は気を使ってしまい、素直に好意に甘えることができません。

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 川本家で晩御飯をご馳走になり、お土産の料理が入ったお重をもって零が帰路に着く場面。零は困惑しているような、幸せを感じて微笑んでいるような微妙な表情を浮かべます。

この表情に零という人間の不器用さと純粋さが上手く表れており、実写化することの意義を感じました。

 

【勝つというジレンマ】

零は生きていくために将棋を指し続け勝ち進んでいきますが、零が勝つということは当然敗者が生まれるということで、零の強さが相手の棋士としてのアイデンティティを奪ったり、対戦者の家庭や生活を崩壊させたりもしてしまいます。

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 妻との離婚が決まり娘と過ごす最期のクリスマスイブとなる安井六段との対局で零は勝利するのですが、忘れ物のクリスマスプレゼントを届けに行った零に対して安井は、娘と過ごせなくなったのは零のせいだとでも言うような理不尽な言葉を吐き捨てます。

そして零は街を駆け抜け公園で感情を爆発させます。生きる道を切り拓くために勝ち続け、その結果周りから疎まれてきた零の押さえ込んでいた感情が溢れ出す印象的なシーンなので、映画版でもしっかりと演出されていて良かったです。

 

【そして後編へ続く】

「三月のライオン 前編」では、コミック版で新人王戦より先だった島田対宗谷戦を物語の後半に配置しており、宗谷の恐ろしいほどの強さを見せ後編への引きにしています。

 ただ新人王の山崎戦でエモーションが高まった分、その後にまだ物語が続くのは冗長さを感じさせるので、前編一作だけで充分な満足感を得られるようにするなら新人王戦がクライマックスの方が良かったのではないかとも思います。

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映画「三月のライオン 後編」は羽海野チカ先生が漫画の連載初期に考えていたラストになるとのことで、映画オリジナルの展開になる模様なので非常に楽しみです。