雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『不能犯』と原作漫画『不能犯』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画不能犯です。 

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【あらすじ】

 女性刑事・多田は、ある日謎の変死事件の担当を任させる。その事件とは、喫茶店で被害者の男性が、黒いスーツを着た男に何かを囁かれた途端、錯乱状態に陥り、死亡したという不可解極まりない事件であった。多田は捜査を進めていき、「電話ボックスの男」と称される宇相吹という男を犯人として連行するが、その殺人の手口は絶対に立証できないものであった…

 

【原作】

原作は宮月新先生原作、神崎裕也先生作画の同名漫画『不能犯』です。

不能犯 コミック 1-3巻セット (ヤングジャンプコミックス)

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 漫画『不能犯』は、グランドジャンプにて連載中の青年漫画で、現在までに7巻が刊行されています。

原作は、不能犯・宇相吹と刑事・多田の追走劇が下地としてあるものの、基本的には一話完結型の物語です。何者かに憎しみを抱く人間たちが宇相吹に殺人の話を持ちかけ、殺したい相手共々不幸に陥っていく様が、多様な形で描かれています。印象としては現代版笑ゥせぇるすまんといった趣の作品です。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『貞子VS伽倻子』や『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズなどを手掛けてきた白石晃士監督です。

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 白石監督は、主にフェイクドキュメンタリー手法を用いた作品を得意としている方で、ホラー映画界の奇才と呼ばれています。

 白石監督作品の特徴は、エキセントリックなキャラクター造形でしょう。登場人物のリアリティよりもケレン味を重要視する作風で、その突飛なキャラクターによって予定調和的な展開をぶっ壊していく様がとても爽快です。

ちなみに本作には、白石晃士作品によく現れる異形の物体“霊体ミミズ”らしきものが登場します。

白石監督は『仮面ティーチャー』や『ピーチガール』のシナリオを手掛けた山岡潤平さんと共に共同脚本も務めています。

不能犯・宇相吹を演じたのは松坂桃李さん。ダークで掴み所のない主人公を見事に演じていて、漫画版の宇相吹が見せる不敵な笑みもしっかりと再現していました。殺す相手と視線を合わせ術中に掛けるシークエンスは、松坂さんの演技力と眼力だけで充分な気がして、CG加工はいらなかったのではないかと思えるほどでした。

女性刑事・多田を演じたのは沢尻エリカさん。沢尻さんはとても頑張って多田を演じているのですが、多田のキャラクター性が原作と比べるとかなり気の強い人物に改変されているので、原作にあった多田の純粋さのようなものがあまり感じられず、宇相吹の術中にかからないことに少し説得力が感じられませんでした(必ずしも沢尻さんのせいではないのですが…)

 

【私的評価】

68点/100点満点中

原作よりも多田と宇相吹の対立軸を明確にし、わかりやすく作っている部分には好感が持てました。松坂桃李さんの演技も原作からそのまま宇相吹を抜き出したような佇まいと表情で良かったです。

 1話完結型のエピソードからいくつかエピソードを抜粋し、映画版オリジナルのエピソードを含めて物語を構成しているのですが、その各エピソードが一本の映画として上手く絡み合っていないのが少し残念でした。

 

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

【原作との比較】

前に述べた通り、原作は基本的に1話完結型の物語なので、映画版は原作のエピソードをいくつか抜粋した形で物語を構成しています。

 原作から抜粋されている話としては

  • 妻を守るため隣人を殺してほしいと依頼する夫のエピソード
  • 無実の罪で少年を責め自殺に追いやった女性刑事のエピソード
  • 生き別れの姉の幸せぶりに嫉妬し、殺しを依頼する妹のエピソード
  • 宇相吹が原因で妹が死んでしまったため、復讐を果たそうとする姉のエピソード

あたりが抜き出されています。

クライマックスで繰り広げられる爆弾魔のエピソードは映画オリジナルの物語で、映画的な派手さを無理やり作っています。 

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登場人物の改変で大きいのは、刑事の多田キャラクター性の変更でしょう。性別が変わったのも大きいですが、性格面にもかなり改変が加えられています。原作では、頼りない部分もありながら愚直で正義感の強いキャラクターだったのが、映画版ではかなり勝ち気で強気なキャラクターになっています。

それに合わせて多田の相棒・百々瀬の性別とキャラクター性も変えられており、原作では多田を鼓舞する精神的支柱であった後輩刑事が、映画版では正義感は強いながらも多田にタジタジな少し頼りないキャラクターになっていました。

 

 【原作からの改良点】

 映画中盤、仲間の刑事が人質にとられ、夢原の要求により多田と宇相吹が対峙する場面。原作では後輩の百々瀬が人質にとられ最後はなんとか一命を取り留めるのですが、本作では若松という刑事が人質となっており、多田が宇相吹を殺すことを躊躇ったために、彼が亡くなってしまうという展開になっています。

この改変によって、多田が正義を全うするためには大きな犠牲を伴うということが切迫感もをって示され、若松が最後に遺した「殺しちゃだめだ」という言葉が多田の指針にもなっています。 

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主人公の宇相吹は、原作では猫好きでお笑い番組好きな俗っぽい部分もあり、アパートの家賃を滞納して大家からは怒られたりもする人間味のある一面もあるのですが、映画版ではそのような部分は意図的に描いておらず、宇相吹という男を本当に掴み所のない人間として描いています。

そういった人間臭い部分をあえて排除することで、ダークでミステリアスな作品の風合いを強めていました

 

【本作の不満点】

本作は大きく分けて3つの事件が起こります。序盤で繰り広げられる夫婦の物語、中盤で繰り広げられる姉妹の物語、そしてクライマックスの爆弾魔の物語の3部構成なのですが、この3つの事件はほぼすべて独立した物語であり、有機的にこれらの事件が絡み合っているようには感じられませんでした。この雑なシナリオ構成が、どうにも一本の映画としての興味を損ねてしまっているので、3つの事件に宇相吹が関わっているいる以外の何かで繋がりを持たせればよかったのではないかと思います。

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原作からのエピソードの抜粋にも少し疑問があり、序盤で描かれる結婚相手の不貞を知った夫が妻を殺すエピソードと、中盤で描かれる結婚相手の不貞を疑った妻が夫を殺すエピソードは、男女間の痴情のもつれという点において構造がほぼ一緒なので、もう少し人間の業というものにバリエーションがほしかったです。(自分だったらいじめられっ子の女子高校生2人のエピソードを抜粋するかな)

 

【宇相吹という男】

映画版ではかなり超能力的な描かれ方になっていましたが、宇相吹は認知バイアス*1や不信の中断*2など、相手の心理状態の不安定さを突いて自分の術にかけています。相手の心理的な隙を突くので、何か後ろ暗い事を抱えている人は特にこの術中にはまりやすくなるのです。

宇相吹は殺害を依頼された相手、そして依頼した相手に彼ら自身の、後ろ暗い部分を突きつけ、死に至らしめます。彼は人間の闇を映す鏡のような存在なのかもしれません。 

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宇相吹が多田に自分の事を殺してほしいと切望するのは人間の性悪性を証明するためでしょう。容赦なく人を殺めていく宇相吹を止めるため、多田が宇相吹を殺すようなことがあれば、彼が追い求める人間の脆さと愚かしさが証明されます。

しかし、多田が宇相吹を殺す事なく人間の善性を証明すれば宇相吹の計画は崩れ落ちます。

作中では警察が宇相吹に出し抜かれ、ひたすらやられっぱなしでしたが、宇相吹を殺さない限りは、多田の中の正義はまだ負けておらず、2人の戦いはまだまだ始まったばかりなのです。

 

【希望で殺す】

 本作は、絶望の象徴である宇相吹と希望の象徴である多田の対立構造が原作よりも明確になっています。しかし、多田と宇相吹には根底で通ずる部分があり、両者のことを後輩刑事の百々瀬は「似ている」と言います。

原作では2人の生体リズム*3が一致している(故に多田は宇相吹の術中にかからない)ことが両者が似ている要因だったのですが、映画版は多田と宇相吹の精神性に通ずるものがあるという描かれ方になっています。

 人間の悪性を暴き出そうとする宇相吹と、人間の善性を知らしめようとする多田。考え方は両極にいる二人ですが、己の信条を証明しようとする様は、両者で通じ合っているのです。

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 映画のラスト多田は宇相吹に向かって「希望であなたを殺す」と宣言します。これは映画オリジナルのセリフで、この言葉により多田と宇相吹の対立軸をはっきりとさせています。

これからも宇相吹の凶行は留まらないでしょうが、宇相吹がいつか希望を以って人間の強さを証明してくれるかもしれません。

 

 

*1:与えられた情報を偏って受け取ってしまう心理状態

*2:人間の脳内の無意識的側面で、物事に疑いを持たない脳の動き

*3:人間が固有に持っている生体活動のリズム