雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『悪と仮面のルール』と原作小説『悪と仮面のルール』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画悪と仮面のルールです。f:id:nyaromix:20180121014420j:plain

【あらすじ】

大財閥・久喜家に生まれた文宏は、11歳の時、父親から出生の秘密を知らされる。彼は久喜家に代々伝わる悪の心“邪”を世界に残すための存在として意図的に生み出されたというのである。父は文宏に養女として育てることとなった少女・香織を紹介し「お前は悪に飲み込まれなからばならない」と宣告し、14歳になった時に地獄を見せると告げられる。文宏と香織は共に生活をするうちに惹かれ合うようになるが、14歳が迫ってきたある日、文宏は父が香織を損なおうとしていることに気がつき、香織を守るために父を殺害してしまう。

そして時が経ち大人になった文宏は、整形によって新谷弘一という別人の顔を手に入れ、香織のことを影から守ろうとするのだが、文宏の元にはテログループのメンバーや実の兄の影が近づいていた…

 

【原作】

原作は中村文則さんの同名小説『悪と仮面のルール』です。 

悪と仮面のルール (講談社文庫)

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 中村文則さんといえば、『土の中の子供』で芥川賞、『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞を受賞するなど、発表した作品の多くが賞に輝いている天才ベストセラー作家です。

本作は中村さんにとって9作目となる作品で、ウォール・ストリート・ジャーナルの「ベストミステリー10小説」にも選出された傑作小説です。

 今年は中村文則作品の映画化イヤーで、本作を皮切りに『去年の冬、君と別れ』『銃』といった作品たちが公開を控えています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作の監督を務めたのはUVERworldドキュメンタリー映画『THE SONG』や伊原剛志主演の短編映画『A LITTLE STEP』などを手掛けた中村哲平監督です。

UVERworld DOCUMENTARY THE SONG(完全生産限定盤) [DVD]

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 中村監督は、元々CMディレクターやミュージックビデオのディレクターとして活躍していた方で、長編の劇映画は本作が初となります。新進気鋭ながら、CM制作などで磨いた画作りには意識の高さが感じられ、これからの活躍が期待される監督です。

脚本を務めたのは『LIAR GAME-再生-』や『ONE PIECE FILM GOLD』などを手掛けた黒岩勉さん。フジテレビ系のドラマや映画の脚本を数多く手掛けている売れっ子クスリプターですが、正直言って本作はあまり脚本を凝ったようには見えませんでした。

 主人公・文宏を演じたのは玉木宏ん。玉木さんはかなり原作を読みこんだとのことで、自分なりの文宏像をしっかり作りこんだそうです。整形直後の文宏を演じたシーンでは、撮影直前に顔に鍼を50本も打ってわざと顔を歪ませたうえで撮影に臨んだという役者魂を見せています。

 

【私的評価】

62点/100点満点中

悪として育てられた男が、罪を背負いながらも愛する人を守るために、必死にもがき苦しみながらも生きようとする物語。

 監督が原作への忠実さをとても意識しているようで、ストーリー、セリフ、舞台設定等ほとんどが原作通りに映像化されています。

 しかし文学的世界でこそ活きる物語を、ほとんどアダプテーションをしないままそのまま映画に置き換えてしまったので、キャラクターの実在感が乏しく説得力に欠ける形になっていました。

文学的文法と映画的文法は違うのだと感じさせてくれる良い例だと思います。

 

 

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

【原作との比較】

本作は原作小説に極めて忠実に作られており、原作をそのままトレースしたといっても過言ではない出来です。多少、時系列の入れ替えや削除されたシーンはあるものの、ほとんど原作通りの作品に仕上がっています。

登場人物たちのセリフも、小説版の文学的な台詞をそのまま使用していて、映画に合わせて現代的な口語に書き換えられたりもしていません。

  原作はとても淡々とした話なので、そのまま映像化するとどうしても映画的な見せ場の少ない作品になってしまうのですが、制作者もそこに配慮したのか、バイオレンス描写やちょっとしたアクション的な見せ場が映画オリジナルで加えられていました。(正直あまり見せ方は上手くなかったと思うけど…)

 原作から削除された部分としては、形成クリニックの医師や文宏がクラブで出会う女・吉岡恭子との交流がほとんど描かれずカットされていました。

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【原作からの改良点】

物語のラスト、「あなたはこれからどうするのですか?」と訊ねられた文宏が「生きていきます。」と答えるシーン。原作ではこのやり取りが刑事の会田と文宏の間で交わされるのですが、映画版では香織と文宏の会話に切り替わっています。

香織がどこかで生きていることを自身の生きがいとしていた文宏が、その事を彼女に告げ、全ての思いを果たした後、それでも生きていくことを宣言することで、生きることの意味を教えてくれた彼女への謝辞にもなっていて良い改変でした。

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【本作の不満点】

 あらすじを読んで分かる通り、本作は大富豪の子供が悪を担う存在として育てられるというかなり非現実的な設定です。小説の場合は脳内で設定の大仰さを補完できるからいいものの、今回の映画版はその小説を何の工夫もなくそのまま映画に置き換えたせいで、ひどく物語の説得力に欠けるものになっていました。

本作の製作陣は「中村文則さんの小説の言葉はとてもリアルで映像的。だから可能な限り原作の世界観や空気感をそのまま映画にしたかった」と語っているのですが、彼らの言うリアルとはあくまで“人間という生き物の本質を突く”という意味でのリアルであって、それをストーリーのリアリティと混同してしまっているのではないかという印象を受けました。

個人的には小説版のストーリーは非常に寓話性の高いものだと感じていて、非現実的な物語だからこそ人間という生き物の真理が炙り出される話だと思っています。

物語にリアリティを持たせるためにはキャラクターの実在感が必要だと思うのですが、この映画版は小説の文学的世界でしか通用しないキャラクターを、何の潤色もないまま映画に落とし込んでしまったために、キャラクターたちのフィクショナルさがかなりノイズになっていました。

小説へのリスペクトがあったとしても、これでは原作の魅力を損なっているので本末転倒のように感じました。

 

【善や悪ではない己のルール】

 文宏の父は彼を“邪”として育て上げるために香織を損なおうとしていましたが、それに気づいた文宏は香織に危害が及ぶ前に父を殺害します。それにより文宏は“邪”としての完成体には至らず半端な邪となりました。

邪になりきれなかった文宏は、テログループに勧誘されたり、兄から自分の側近になるとことを提案されたりしても、そのような悪事に手を染めることはしません。

しかし、そんな彼が何のためらいもなく悪行を行うのが香織に害が及ぼうとした時です。劇中で「僕の中の最高の価値は、善でもなく、悪でもなく、神でもなく、香織だった」と語っているとおり、彼の中の全ての物事の基準は香織を中心としています。

 彼は悪と思って悪をなしているのではなく、全ては香織のためを思ってなされる行為なのです。他者が彼の所業を悪だとみなしたとしても、香織を守ることこそが彼の中の全てのルールなのでしょう。

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【新しい人生】

文宏は整形によって“新谷弘一”という人間としての新たな人生を手に入れたのですが、新しい顔を手に入れてもなお、香織を守り続けるために生きるという今までと変わらない生き方をしてきました。

 香織に及ぶ脅威を全て排除した文宏は、彼女を乗せた車中で、文宏の友達のふりをし、香織がどこかで生きていると思えたおかげで生きてこられたと自身の思いの丈をぶつけます。そして、自分の思いを全て打ち明けた文宏は、香織からこれからどうするのかを尋ねられ「生きていきます」と答えます。

 物語の冒頭で文宏自身が言っていたように、ハッピーエンドで終わる物語もその後の人生はまだまだ続いていくのです。香織との別れは文宏にとって終わりではなく始まりです。これから彼は今までとは違う新しいルールのもとに生きていくのかもしれません。

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