雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『君の膵臓をたべたい』と原作小説『君の膵臓をたべたい』(ネタバレあり)

 

今回紹介する作品は

映画『君の膵臓をたべたい』です。

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【あらすじ】

 高校の国語教師として母校に努める“僕”は、取り壊されることになった図書館の蔵書整理を任される。その図書館は“僕”がかつてクラスメイトの山内桜良と図書委員を務めた思い出の場所だった。

12年前、“僕”は偶然訪れた病院内でとある文庫本を見つける。「共病文庫」というタイトルがつけられたその本の中には膵臓の病気を告白する少女の手記が綴られていた。その本の持ち主であった山内桜良は、いつものような笑顔で“僕”に対して病気を抱えていることを打ち明けた。この“僕”と彼女が共有する秘密が二人を結びつけ、次の日から“僕”の日常が変わり始めるのだった…

 

【原作】

 原作は住野よるさんの同名小説『君の膵臓をたべたい』です。

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

 

 本作は住野先生のデビュー作で、作者が小説投稿サイト小説家になろうに投稿した短編が『ドラゴン・イェーガー』などで知られるライトノベル作家の井藤きくさんの目に留まり、双葉社からの出版が決まった作品です。

出版されるやいなや本作は話題を呼び、2016年のベストセラーランキングでは文芸書部門で一位を獲得(トーハン調べ)しました。

小説家になろうから出版された作品は「なろう系」と呼ばれ、文体や物語構成にライトノベルっぽい質感があるのが特徴なのですが、本作にもそのような部分が見られます。女の子の気持ちに対して鈍感な主人公や、明朗快活で主人公を引っ張ってくれるヒロインなど、ライトノベルの王道のような展開で、僕のようなボンクラ男子読者は主人公に自分を重ねて物語を楽しめる作りになっています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『黒崎くんの言いなりになんてならない』や『君と100回目の恋』などを手掛けた月川翔監督です。

映画「君と100回目の恋」 [Blu-ray]

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 月川監督は近年、青春映画の監督を多々務めており、職人監督としての手腕に磨きをかけています。

 映画『ハルチカ』を評した時に市井監督のことを三木孝浩監督や廣木隆一監督に次ぐ青春映画の名監督になるのではと述べたのですが、月川監督もその1人になる気がします。

実際に月川監督は、映画『クローズド・ノート』でメイキングを担当していた三木監督のアシスタントを務めていた経験もあり、その手腕はしっかり引き継がれています。

本作の劇中での光の使い方などは三木監督の作品の画作りを彷彿とさせ、良い部分をちゃんと吸収している事が分かります。

脚本を務めたのは吉田智子さん。吉田さんは『僕らがいた』や『ホットロード』『アオハライド』など三木監督とタッグを組んだ映画を多く手掛けています。

このように本作は三木監督が直接関わっていないものの、三木印の雰囲気をまとった作品になっています。

 

本作のキャストの中で物語の根幹を握っているのが、山内桜良役の浜辺美波さんです。

病気にさらされながらも明るく生きようとするヒロインを本当に見事に好演していました。

彼女がきちんと魅力的に映っている時点でこの映画の6,7割は成功していると言って過言ではないと思います。

 

 【私的評価】

80点/100点満点中

原作のストーリーを忠実に映像化しつつ、主人公たちの12年後の姿を映画版オリジナルの要素として加える事で物語に奥行きを出しており、よく出来た改変がなされていました。

 何よりヒロインが恐ろしいほど魅力的に映っており、周囲に影響を与えていく様にきちんと説得力がありました。

ただ一箇所、原作でも不満に感じていたところが映画版でも解消されておらず、少しモヤモヤする部分がありました。

 

 

 

 

 以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

【原作との比較】

映画版の原作からの改変点として何より大きいのは、主人公たちの12年後が映し出されている点でしょう。

高校時代のエピソードは、高校教師になった主人公の回想録として語られ、現代の物語と12年前の物語が交互に描かれます。

主人公をはじめとする12年後のキャラクターたちは、原作の登場人物たちが12年経ったらこうなっていただろうなとちゃんと思えるもので、原作のイメージと大きく乖離するような描かれ方ではなくて良かったです。(容姿的な面では「こいつ12年で変わり過ぎじゃね?」と思うところもありましたが…)

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 過去と現在を繋ぎ合わせるためのアイデアとして映画版には「宝探し」という要素が加わっており、故人が残した手紙が12年の時を経て見つけ出され、過去に囚われていた人たちが前に進み出す物語としてストーリーが紡がれています。

また、12年後を描いたストーリーの中に映画版オリジナルの登場人物を出す事で、ヒロインが周囲に与えた影響の波及範囲が広がっていました。

 

【原作からの改良点】

映画版は、ヒロインの親友である恭子をめぐる物語が原作よりもフィーチャーされており、原作にはなかった彼女が自分の過去について打ち明けるシーンが加えられています。

恭子は中学時代、友達が少なく孤立していた学生で、そんな恭子に唯一声をかけてくれたのが桜良だったという事が明かされます。

恭子のバックグラウンドがはっきり描かれる事で、彼女が桜良に近づく男を毛嫌いする理由や、主人公の“僕”と実は通ずる部分があったことが分かり、良い改変になっていました。

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小説を実写化するにあたって、映画版では主人公の目の動きで心情の変化を表しています

学校に友達のいない主人公は、クラスメイトと滅多に話す事がないため、珍しく話しかけられると視線が泳ぎ目を合わせて話すこともできません。

しかし、ヒロインと出会い親しくなっていくうちに主人公の変化が現れ、クライマックスの結婚式場のシーンでは、今まで目を合わせることの出来なかった京子の目をしっかりと見据え「僕と友達になって下さい」と申し出ます

このようにな視線の動きで、主人公の成長を見せており、実写でしか出来ない演出がなされていました。

 

【本作の不満点】

本作の魅力は、ベタな展開のようでいて王道に対してのカウンターが効いている点だと思います。

主人公とヒロインが恋人関係に発展しなかったり、難病を患ったヒロインが病気以外の理由で亡くなってしまったりと、王道展開に対しての裏切りがあるため物語に引き込まれるのです。

しかし、その中でクラス委員長の存在があまりにもベタすぎてムズムズしてしまいました。

この部分に関しては原作でも感じた不満点だったのですが、クラス委員長の存在は主人公とヒロインを仲直りさせるための役割としてしか機能しておらず、女の子をめぐってのケンカの末に手を挙げた男にヒロインが引導を渡す展開はちょっとありきたり過ぎるように感じました。

この展開のあとに、ヒロインないしは主人公(あるいは12年後の主人公)が、謝罪の訪れたクラス委員長のことを許すシークエンスでもあれば、物語に大人な風合いが加わったのではないかと思います。

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前に述べた主人公の目線の演出ですが、演出自体は良いと思うのですが少し見せ方に工夫がいるのではと思う箇所がありました。

主人公がヒロインから病気のことを打ち明けられるシーン。人付き合いに慣れていない主人公は彼女と視線を合わせることが出来ないのですが、この時の彼の目があまりにもキョロキョロし過ぎているので、病気を打ち明けられた彼がめちゃくちゃ動揺しているように見えてしまいました。

ヒロインは病気を打ち明けても動じなかった主人公に興味を持ったはずなのですが、この見せ方だと説得力に欠けるように感じました。

もう少し演技のバランスや演出に落ち着きがあれば良かったのではないかと思います。

 

【忍び寄る病魔】

 ヒロインに連れ出され福岡への旅行をすることになった主人公は、共に一夜を過ごすことになったホテルの中で「真実か挑戦ゲーム」(海外では定番のパーティーゲーム)をします。

初めは他愛のない質問がやりとりされていましたが、最後のゲームで彼女が「私が本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いっていったらどうする?」と問い掛けます。

クラスメイトに病気の事を隠している彼女が、唯一本当の気持ちを打ち明けられるのが主人公で、彼が彼女にとっての心の拠り所だったのです。

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主人公はゲームをする直前、彼女のバッグの中をたまたま見てしまい、ポーチの中に入っていた注射器や錠剤、検査機を目にしてしまいます。

彼女がいつもハツラツとしていたため、忘れかけていた病気のことが目に見える形で突きつけられ主人公は初めて動揺します。最後のゲームでの彼女の質問に彼は答えることが出来ず、挑戦として彼女と一緒のベッドで眠ることになりました。

彼女がこれまで気丈に振る舞ってこれたのは、全てを打ち明けられる彼がいたかなのかもしれません。

 

【一日の重さ】

 膵臓の病気で余命一年ほどだと宣告されているヒロインは一日一日を大切に生きており、主人公に対しても「君だって明日死ぬかもしれない」と説きます。

初めは鬱屈した日々を過ごしていた主人公も次第にヒロインに感化され、彼女との残り僅か日々を大切にに過ごすようになります。

 しかし、その日々は唐突に終わりを告げるこことなります。

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病院から退院し、主人公と遊ぶために出かけていった桜良でしたが、近頃話題になっていた通り魔に襲われてしまい命を奪われます。

病院で亡くなるまでは彼女と一緒にいられるはずだと思っていた主人公は、自分の思慮の浅さを思い知らされます。

病気で死ぬと思っていた人が途中で命を落としてしまうという展開により、一日の重さを軽んじてはいけないというメッセージを主人公を通して我々観客に突き付けてくのです。

 

【後世まで受け継がれる思い】

 タイトルになっている「君の膵臓をたべたい」というセリフは、膵臓の病気にかかったヒロインが健康な体を欲して主人公に対し冗談めかして言う言葉ですが、物語を最後まで見ると「君のようになりたい」という意味でもあったのだと分かります。

ヒロインは主人公が持つ静かな強さに憧れ、主人公はヒロインが周囲の人を幸せにしていく明るさに憧れており、お互いが自分にないものを持つ相手のようになりたいと思っていたのです。 

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ヒロインが亡くなってから12年後、高校教師となった主人公は、クラスでも目立たない引っ込み思案な生徒に彼女と過ごした時の話をします。

そして、12年の時を経て彼女が図書館に隠していた手紙を見つけ出した主人公は、彼女の真意を初めて知ります。

ヒロインの思いを知り、彼女のようになりたかったことを思い出した“僕”は、引っ込み思案だった生徒に、唯一声をかけてくれるクラスメイトの女の子と仲良くしてみるようにアドバイスをします。

こうして桜良の思いは膵臓を食べ魂を受け継いでいくが如く、次の世代まで引き継がれ、彼女が生きていた証がしっかりと残されていくのでした。