雁丸(がんまる)の原作代読映画レビュー

原作読んで映画レビューするよ!

映画『曇天に笑う』と原作漫画『曇天に笑う』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画曇天に笑うです。

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【あらすじ】

明治維新直後の滋賀県大津。この地には300年に一度、曇天が続くと伝説の化け物・大蛇(オロチ)が現れ、人々に災いをもたらすという伝説があった。

琵琶湖の湖畔に建つ曇神社には、大津の治安を守る曇三兄弟が暮らしており、日々政府に不満を持つ罪人たちを捕らえては、孤島の監獄・獄門所へと送っていた。

ある日、大津の町を闇の忍び・風魔一族が襲った。風魔一族の目的は、大蛇復活のための鍵となる人間“器”を探す事だった…

 

【原作】

原作は唐々煙先生の同名漫画『曇天に笑う』です。

本作は女性向けコミック誌『月刊コミックアルヴァス』に連載されていた作品で、2011年から2013年までという短い連載期間(元々5巻まで刊行する予定だったところを人気が出た為に6巻まで伸ばしたとのこと)ながら、外伝1巻と前日譚となる『煉獄に笑う』が現在までに7巻発刊されている人気漫画です。

2014年にはアニメ化と舞台化がされ、近日風魔一族を描いた劇場アニメが公開されます。

本広監督曰く、唐々煙先生は物語の意味合いや整合性よりも、キャラクターのかっこよさを重視する方らしく、漫画でもケレン味たっぷりの画が随所に見られます

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは、『踊る大捜査線』や『亜人』の本広克行監督です。

亜人 DVD通常版

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テレビドラマや舞台作品の映像化を数多く手掛け、映画業界メインストリームにいるイメージが強い本広監督ですが、実は生粋のアニメオタクだそうで、押井守監督や庵野秀明監督などの影響を多大に受けているそうです。特に2013年にProductionI.Gの企画部長を務めるようになってからは、そのオタク的な側面が前面化し、漫画作品の実写化やアニメ作品の総監督など、漫画アニメ作品の映像化に積極的に取り組んでいます。本作もそのような系譜にある一作といっていいでしょう。

脚本を務めたのは、『エイトレンジャー』や『仮面ライダーエグゼイド』の高橋悠也さん。高橋さんは、本作のアニメ版の脚本を務めていた方でもあるので、『曇天に笑う』とは繋がりの深い方です。

主人公・天火を演じたのは福士蒼汰さん。『無限の住人』でも、エキセントリックな時代劇のキャラクターを演じていた福士さんですが、やはり彼のアクションは見事なもので、今回は扇子を武器にしたアクションを軽やかにこなしていいました。

 

私見

43点/100点満点中

大筋自体は原作を準えている本作ですが、脚色において100分弱の物語にまとめることばかりを意識した結果、成長するべきキャラクターの物語が大きく削がれ、実に残念な仕上がりになっていました。

役者たちをカッコよく撮ることばかり注力し、物語の整合性もほとんど取れていませんでした。

かなり杜撰なストーリー展開ではありますが、大蛇と人間の関係性について、原作ではきちんと描けていなかった部分でが改良されていて良かったです。

 

 

以下ネタバレあり

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映画『去年の冬、きみと別れ』と原作小説『去年の冬、きみと別れ』の比較(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は、

映画去年の冬、きみと別れです。

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【あらすじ】

フリーの記者の耶雲恭介は、天才カメラマンと謳われる木原坂雄大に取材を申し込む。木原坂はかつて、撮影所で起きた火事により女性モデルを焼死させ、一度逮捕されたことのある男だった。その火災は事故扱いとなり木原坂は釈放されたが、耶雲は事件の真相を究明し、本を出版するため木原坂の周辺人物に対しても取材を進めていく。徐々に取材をエスカレートさせていく耶雲だったが、彼の婚約者である百合子に魔の手が忍び寄ろうとしていた。

【原作】

原作は、中村文則さんの同名小説『去年の冬、きみと別れ』です。 

去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)

去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)

 

 本書は2014年に本屋大賞にノミネートされ、ベストセラーとなった作品です。

小説ならではのトリッキーな仕掛けが施された大胆なストーリーテリングのため、“映像化不能”と言われた作品でもあります。

映画版の脚本の推敲には中村先生も加わったそうで、今作は作者の意見もしっかりと取り入れた映画となっています。

悪と仮面のルール』のレビューの際にも述べた通り、今年は中村文則作品の映画化ラッシュで、この後に『銃』の映画化も控えています。

gensakudaidoku.hatenablog.com

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは『脳男』や『グラスホッパー』などを手掛けた、瀧本智行監督です。 

グラスホッパー スタンダード・エディション [DVD]

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 原作ありの映画を手掛けることが多い瀧本監督ですが、ほとんどの作品が原作からストーリーを大きく改変したものとなっており、小説を映画化するためには大胆な脚色を厭わない監督です。それだけ、小説というコンテンツと映画というコンテンツの相違性を理解している監督ともいえるでしょう。 

また瀧本監督は画作りにリアリティを求める監督で、本作の白眉ともいえる火災シーンは、CGに頼らず本物の炎を起こして撮影に臨んだそうです。

本作の脚本を務めたのは『DEATH NOTE デスノート』『DEATH NOTE デスノート the Last name』『無限の住人』などの作品を手掛けた大石哲也。大石さんは本作のシナリオを作るために10稿以上もの推敲を重ね、監督や原作者らと共に脚本を練りに練ったそうです。そのような努力によって、映像化不可能と言われた作品が、一つの映画としてしっかりと形を成していました。

主人公の耶雲を演じたのは、EXILE三代目J Soul Brothers岩田剛典。映画作品の出演経験はそこまで多くない岩田さんなので、失礼ながら見る前は「このキャスティングで大丈夫なの?」と思っていたのですが、実際に彼の演技を見ると、難しい役どころを実に見事に演じきっており感服しました。彼の演技次第で映画全体の完成度が決定づけられるぐらいの難役なのですが、このキャスティングで間違いなかったと思います。

 

私見

80点/100点満点中

極めて映像化の難しい原作を、様々な工夫を凝らして映像化し、サスペンス映画としてきちんと成立させていて感服しました。

主演の岩田さんの演技も素晴らしく、彼の演技が映画全体を引き締めていました。

少し脚本に難点のある部分もあるのですが、原作のテーマ性を大事にし、難しい題材をきちんと映画化したスタッフとキャストを褒め称えたいです。

 

 

 

以下ネタバレあり

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映画『15時17分、パリ行き』と原作小説『15時17分、パリ行き』の比較(ネタバレありの感想)

 今回紹介する作品は、

映画『15時17分、パリ行き』です。

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【あらすじ】

2015年8月21日、15時17分にアムステルダムを出発した高速列車はパリに向けて走っていた。554人の乗客を乗せたその車内には、ヨーロッパ旅行をしていたごく普通の青年、スペンサー、アレク、アンソニーの幼馴染3人も乗車していた。列車がアムステルダムからパリへと入ったとき、列車のトイレから重武装をした男があらわれ乗客に銃を向けた。テロリストがあらわれたことに気づいたスペンサーは、咄嗟に彼の凶行を止めるために走り出していき…

【原作】

原作は、同名のノンフィクション小説『15時17分、パリ行き』です。 

15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 本著は事件の当事者であるスペンサー・ストーン、アレク・スカラトス、アンソニー・サドラーの3人と、フリージャーナリストのジェフリー・E・スタンが共著で執筆した実録小説で、主人公3人の生い立ちと、事件発生時の様子が交互に描かれています。

事件が発生したのが2015年8月で、この本が発売されたのが2016年、そして映画の撮影が行われたのが2017年なので、驚異的な速さで映画化が進行した作品と言えます。

こんなにも早く映画化が実現できたのはイーストウッド監督お得意の早撮りのおかげもありますが、やはり、この作品に登場する3人の物語と当日の事件が現代の時代性をとても象徴している、今撮られるべき映画だからでしょう。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは、言わずと知れた名匠クリント・イーストウッド監督です。

 近年のイーストウッド監督作といえば『J・エドガー』『ジャージー・ボーイズ』『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』と、実録物の作品を多く手掛けており、特に近作に共通しているのが“英雄と呼ばれる人々とその実像”というテーマです。本作もそのような作品の一本と言えるでしょう。

本作は前編94分とイーストウッド監督作品の中で最もタイトな作品となっており、事件発生時の数分間のシークエンスは、87歳の監督がとったとは思えないほどスピーディかつスリリングに仕上がっています。事件発生以前に見せられる観光シーンがかなりゆったりとしているが故に、恐ろしいほどの緩急のつけ方に驚かされました。

監督の過去作以上に、本作ではリアリティを徹底追及しており、事件を食い止めたスペンサー、アレク、アンソニーの3人をそれぞれ本人自身に演じさせています。部分的に演技の拙さを感じるところはあれど、襲撃シーンの緊迫感は本人にしか表現できないリアルさで、実際の現場を目撃しているかのようでした。

彼ら3人以外の乗客も、極力事件の当事者を起用しており、最初に犯人と対峙したマーク・ムーガリアンというフランス系アメリカ人の男性や、3人に協力したクリストファー・ノーマンというイギリス人男性など、多くの当事者が撮影に協力しています。

脚本を務めたのは『ハドソン川の奇跡』や『夜に生きる』で制作アシスタントを務めていたドロシー・プリスカ。劇場用映画の脚本を手掛けてのは本作が初めてだったそうで、いつものイーストウッド作品と違う風合いを感じるのは、プリスカルさんのおかげかもしれません。

 

私見

87点/100点満点中

とても偉大な行いをした3人の青年の物語ですが、この映画ではそんな彼らが成し遂げた功績を決して劇的に描かず、極めて淡々と映し出します。

彼らが事件に遭遇するまでに積み重ねてきたいくつもの偶然も、「これが後の彼らの運命に繋がりますよー」というような、これ見よがしな映し方をしないので、伏線を伏線と気付かないほど自然な描かれ方になっていました。

事実を淡々と描いたこの映画は、英雄と呼ばれる3人を決して特別な人としては捉えておらず、普遍的な人間の物語として「あなたにもきっとこんな行いができるはずだ」と観客に訴えかけてくるのです。

名匠の卓越した技術こそがなせる、恐ろしく写実的な人間賛歌でした。

 

 

 

 

以下ネタバレあり

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映画『ぼくの名前はズッキーニ』と原作小説『奇跡の子』及び『ぼくの名前はズッキーニ』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画ぼくの名前はズッキーニです。

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【あらすじ】

いつも屋根裏部屋で一人ぼっちで遊んでいる少年・イカールは、父親が家を出ていったことで粗暴になってしまった母に脅えながらも、母が名付けてくれた“ズッキーニ”という愛称を愛し、母のことを気遣いながら暮らしていた。しかしある日、ズッキーニは不慮の事故によって母を死なせてしまう。事故を担当した親切な警察官・レイモンによって孤児院に贈られたズッキーニは、シモン、アメッド、ジュジュブ、アリス、ベアトリスという様々な境遇を抱えた孤児たちと親しくなる。ズッキーニが孤児院での生活に馴染んできた時、カミーユという少女が入園してきた。両親を亡くしたカミーユは意地悪な叔母に引き取られることを拒絶しており、ズッキーニはそんな彼女を助けてあげようと奔走する…

【原作】

原作はジル・パリスの小説『Autobiographie d'une Courgette』(直訳すると『コルジェットの自叙伝』)です。 

奇跡の子

奇跡の子

 

日本で初めて翻訳版が出版された時のタイトルは『奇跡の子』だったのですが、この度の映画公開に合わせてぼくの名前はズッキーニのタイトルで新装版が出版されています。 

ぼくの名前はズッキーニ

ぼくの名前はズッキーニ

 

内容はどちらも一緒ですが、個人的には新訳版のほうが読みやすくておススメです。

 ジル・パリスは、子供と家族をテーマにした作品を多数出版しており、彼にとって2作目の長編小説で代表作とも言える本作は、25万部を超えるベストセラーとなっています。

パリス氏は、もともとフランスの新聞社に勤めていた方だそうで、本作の執筆にあたって取材のためにプレソワール・デュ・ロワという孤児院に赴き、1年間も施設で働いたそうです

 一度フランスのテレビ局により『C'est mieux la vie quand on est grand』というタイトルで実写でテレビ映画化されているのですが、劇場用映画として映像化されるのは今回が初めてとなります。

 

【スタッフ・キャスト】

メガホンを取ったのは、今作が長編映画初監督となるクロード・バラス監督です。

 

クロード・バラス監督が世界的な評価を得るきっかけとなった短編アニメ『LE GÉNIE DE LA BOÎTE DE RAVIOLIS(魔法のラビオリ缶)』

 本作の映画化を提案したのはクロード・バラス監督自身だそうで、『大人は判ってくれない』や『家なき子』などを観たときに感じた心のときめきをこの作品にも感じたことから、映画化に踏み切ったそうです。 監督も原作者のジル・パリスと同じく、孤児院へと取材に行き、子供たちと3週間共同生活をしたそうで、そこで実感した子供たちの元気さや寂しさが、しっかりと映画に活かされています。

本作の脚本を手掛けたのは、『水の中のつぼみ』や『トムボーイ』などを手掛けた、映画監督のセリーヌ・シアマです。人間ドラマを得意とするシアマの手によって描かれたストーリーは、原作の要所をきちんと抑えつつ、彼女の独自性もはっきりと出た物語になっています。

アニメーション監督を務めたのは『フランケン・ウィーニー』や『ファンタスティックMr.FOX』などにアニメーターとして参加したキム・ククレール。彼の作り出すキャラクターたちの表情や仕草はとても愛らしく、映画開始数秒で心を奪われました。

孤児院の児童たちの声を当てたのはアマチュアの子役たちだったそうですが、初めの拙く心許ない喋りから、だんだん明るくハキハキしていくのが、映画のストーリー性とマッチしていて良かったです。

 

【私的評価】

96点/100点満点中

 原作の胸を締め付けてくるような愛おしくも切ない感覚が、ストップモーションアニメという技法を使うことによって、可愛らしく、そして生々しく描かれており、原作小説の映像化にこれほど適した描き方はないのではないかと思わせてくれました。

小説版から大きく物語を削っているものの、原作の物語の核となる部分はしっかりと残しており、小説の悲しくも幸せな物語がブレずにしっかりと残っていました。

そして何よりも、原作よりカッコよくそして切なく描かれた少年・シモンの姿に心を鷲掴みにされました。

 

 

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映画『不能犯』と原作漫画『不能犯』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画不能犯です。 

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【あらすじ】

 女性刑事・多田は、ある日謎の変死事件の担当を任させる。その事件とは、喫茶店で被害者の男性が、黒いスーツを着た男に何かを囁かれた途端、錯乱状態に陥り、死亡したという不可解極まりない事件であった。多田は捜査を進めていき、「電話ボックスの男」と称される宇相吹という男を犯人として連行するが、その殺人の手口は絶対に立証できないものであった…

 

【原作】

原作は宮月新先生原作、神崎裕也先生作画の同名漫画『不能犯』です。

不能犯 コミック 1-3巻セット (ヤングジャンプコミックス)

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 漫画『不能犯』は、グランドジャンプにて連載中の青年漫画で、現在までに7巻が刊行されています。

原作は、不能犯・宇相吹と刑事・多田の追走劇が下地としてあるものの、基本的には一話完結型の物語です。何者かに憎しみを抱く人間たちが宇相吹に殺人の話を持ちかけ、殺したい相手共々不幸に陥っていく様が、多様な形で描かれています。印象としては現代版笑ゥせぇるすまんといった趣の作品です。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『貞子VS伽倻子』や『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズなどを手掛けてきた白石晃士監督です。

オカルト [DVD]

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 白石監督は、主にフェイクドキュメンタリー手法を用いた作品を得意としている方で、ホラー映画界の奇才と呼ばれています。

 白石監督作品の特徴は、エキセントリックなキャラクター造形でしょう。登場人物のリアリティよりもケレン味を重要視する作風で、その突飛なキャラクターによって予定調和的な展開をぶっ壊していく様がとても爽快です。

ちなみに本作には、白石晃士作品によく現れる異形の物体“霊体ミミズ”らしきものが登場します。

白石監督は『仮面ティーチャー』や『ピーチガール』のシナリオを手掛けた山岡潤平さんと共に共同脚本も務めています。

不能犯・宇相吹を演じたのは松坂桃李さん。ダークで掴み所のない主人公を見事に演じていて、漫画版の宇相吹が見せる不敵な笑みもしっかりと再現していました。殺す相手と視線を合わせ術中に掛けるシークエンスは、松坂さんの演技力と眼力だけで充分な気がして、CG加工はいらなかったのではないかと思えるほどでした。

女性刑事・多田を演じたのは沢尻エリカさん。沢尻さんはとても頑張って多田を演じているのですが、多田のキャラクター性が原作と比べるとかなり気の強い人物に改変されているので、原作にあった多田の純粋さのようなものがあまり感じられず、宇相吹の術中にかからないことに少し説得力が感じられませんでした(必ずしも沢尻さんのせいではないのですが…)

 

【私的評価】

68点/100点満点中

原作よりも多田と宇相吹の対立軸を明確にし、わかりやすく作っている部分には好感が持てました。松坂桃李さんの演技も原作からそのまま宇相吹を抜き出したような佇まいと表情で良かったです。

 1話完結型のエピソードからいくつかエピソードを抜粋し、映画版オリジナルのエピソードを含めて物語を構成しているのですが、その各エピソードが一本の映画として上手く絡み合っていないのが少し残念でした。

 

 

 

 以下ネタバレあり

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映画『殺人者の記憶法』と原作小説『殺人者の記憶法』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画殺人者の記憶法です。 

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【あらすじ】

閑静な田舎町、娘のウンヒと2人で穏やかに暮らすキム・ビョンス。ビョンスはかつて獣医師として働いていたが、その裏の顔は、存在価値がないと判断した人間を容赦なく殺す殺人鬼であった。しかし、現在彼はアルツハイマーを抱えており、新しい記憶が抜け落ちていく症状に陥っていた。

そんなある日、ビョンスは不注意から追突事故を起こしてしまう。追突相手の車を見ると荷台から血が滴っており、ビョンスはテジュと名乗る事故相手の男が人殺しであることを察知する。ビョンスはテジュの魔の手から娘を守ろうと画策するが…

 

【原作】

原作はキム・ヨンハさんの小説『殺人者の記憶法』です。 

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)

 

 キム・ヨンハさんは、文学トンネ作家賞や黄順元文学賞、東仁文学賞、万海文学賞など、韓国の主要な文学賞はほぼ全て受賞している天才作家であり、韓国現代文学会の寵児です。

日本では『阿娘はなぜ』『光の帝国』などが、邦訳され出版されています。

キムさんは、10歳の時、オンドルと呼ばれる練炭を使った床下暖房によって練炭中毒になってしまい、それ以前の幼年期の記憶の大半を失った過去があるそうです。その経験がこの小説に活かされているのかは定かではありませんが、本作は記憶を失うことの恐ろしさがひしひしと伝わる作品になっています。

 

【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンを取ったのは『鬘 かつら』や『サスペクト 哀しき容疑者』などを手掛けたウォン・シニョン監督です。

 ウォン・シニョン監督は、 主にサスペンス色の強い映画を得意としている方ですが、本作は『鬘 かつら』でも見せたホラー的演出や、『セブンデイズ』でも見せた親子愛の物語など、監督の今までの作品の良いとこどりをしたようなシーンが盛りだくさんで、どの部分を取ってみても高水準の映画に仕上がっています。

監督はアルツハイマーを患った人間を描くにあたって、直接医師からの指導を受けに行ったそうで、医者からのお墨付きをもらった映画ということもあり、劇中の認知症描写にはとても説得力があります。

主人公のビョンスを演じたのは、『シルミド/SILMIDO』『力道山』『オアシス』などに出演したソル・ギョングさん。ソルさんは、若き日のビョンスと年老いたビョンスを演じ分けるために、体重を増減させる肉体改造を行ったそうで、10kg以上ウェイトを絞ったそうです。彼の演じるビョンスは本当に狂気に満ちていて、その顔はまさに修羅といった様相でした。

若き殺人鬼テジュを演じたのは『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』や『無頼漢 乾いた罪』などの。キム・ナムギルさん。彼もソル・ギョングさんに触発され、小憎たらしい殺人鬼を演じるために14kgも体重を増やす肉体改造をしたそうです。そのおかげで不気味さが増し、テジュの掴み所のない恐ろしさをより際立てていました。

 

【私的評価】

90点/100点満点中

 本作は原作と同じくアルツハイマーの殺人者を主人公にした物語ですが、原作通りなのはその基本設定ぐらいで、ストーリー面はかなり大きな脚色が加えられています。しかしながら、その脚色が実に巧みで、ストーリーテリング力に感嘆させられました。

原作の淡々としたストーリーを、映画的ダイナミズムを盛り込んだストーリーに改変し、全く飽きさせない作りになっています。

登場する役者さんがいずれも素晴らしく、特に主人公を演じたソン・ギョルグさんは、記憶を失いつつある殺人鬼という突飛な設定にも関わらず、説得力のある演技を見せてくれました。

 

 

以下ネタバレあり

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映画『ルイの9番目の人生』と原作小説『ルイの九番目の命』(ネタバレありの感想)

今回紹介する作品は

映画ルイの9番目の人生です。

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【あらすじ】

ルイ・ドラックスは今までの人生で8回も命を落としかける事故に見舞われていた。そんな彼が崖から転落するという9度目の大事故にあい、病院に運ばれる。一度は死亡と判断されたルイであったが、突然息を吹き返し昏睡状態になってしまう。ルイの担当医であるパスカルは、彼の母親のナタリーに事情を聞き出そうとするが、彼女との間に不埒な関係が芽生えてしまい…

 

【原作】

原作はリズ・ジェンセンの小説『ルイの九番目の人生(原題:The Ninth Life of Louis Drax)』です。 

ルイの九番目の命 (ソフトバンク文庫)

ルイの九番目の命 (ソフトバンク文庫)

 

 リズ・ジェンセンはブラックユーモアの含まれたコメディやサスペンス作品を得意にしている作家で、手掛けた作品はガーディアン賞やオレンジ賞など権威ある賞に数々ノミネートされています。

本作はリズ・ジェンセンの母の身に起きた悲劇がモデルとなっています。母の弟(リズの叔父)が家族総出で出かけたピクニックの最中に行方不明となり、その捜索中にリズの祖母が崖から転落し命を落としてしまったのだそうです。この母の体験をベースに、リズが物語を膨らませ家族の物語として仕上げたのが本作です。

 悲劇的な実話が元になっている作品ではありますが、物語の内容は決して重たいだけのものではなく、早熟な少年の発言にクスリとさせられたり、親子の絆の物語としてもとても感動的な作品になっています。

 

 【スタッフ・キャスト】

本作のメガホンをとったのは『ミラーズ』や『ピラニア3D』を手掛けたアレクサンドル・アジャ監督です。 

 アジャ監督と言えば、ゴア描写やスプラッター描写の多いホラー作品を多く手掛けてきた監督ですが、前作『ホーンズ 容疑者と告白の角』(原作『ホーンズ 角』)からファンタジーサスペンスという新境地を開拓し、その卓越した手腕を見せつけてくれました。本作もその系譜にある作品と言えるでしょう。

 監督はヒッチコック作品を意識して本作を作ったそうで、ファムファタルとしてのブロンド美女や、高所から落ち行くカットなどヒッチコック作品(特に『めまい』)に対してのリスペクトも随所に見られました。

 脚本を務めたのは、俳優としても活躍しているマックス・ミンゲラ。本作はもともと『イングリッシュ・ペイシェント』や『コールド・マウンテン』などを手掛けた映画監督である父・アンソニーミンゲラが映画化を熱望していた作品だったのですが、2008年に他界してしまったため、息子であるマックスがその遺志を継いでプロデューサー兼脚本家として実現させた映画になります。アンソニー・ミンゲラ版も見てみたかったですが、その息子が手掛けた作品ということもあって、子供の視点から見た親という要素が原作よりも深淵に描かれていた気がします。

主人公ルイを演じたのは、エイダン・ロングワース君。何か月にもわたるオーディションの末に発掘されたロングワース君は、原作のルイをそのまま現実に移し替えたとしか思えない佇まいで、とんでもない天才子役が見いだされたと思わせてくれる演技力でした。

そして、物語のカギを握るルイの母・ナタリーを演じたのがサラ・ガドンデビッド・クローネンバーグ監督作に出ているイメージの強い女優さんですが、本作でもその魅力は全開です。どこか放っておけない薄幸の美女という、難しい役柄を見事に体現していて感服しました。

 

【私的評価】

88点/100点満点中

 原作の世界観をとても大事にしながら映像化されており、とても好感が持てました。原作に頼り切るだけでなく、映画の独自性も取り込んでいて脚色部分も素晴らしかったです。

勘のいい人であればすぐに真犯人が分かってしまうでしょうが、それでも主人公・ルイの心情の読めなさが物語の推進力となっていて、監督と脚本家の手腕にうならされました。

ビジュアル面も大変素晴らしく、美しさと恐ろしさが同居した映像は見るものを惹き付けます。

 

 

 

以下ネタバレあり

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